4月17日 パナソニック100年 弘兼憲史さんに聞く

朝日新聞2018年4月11日9面:ひろかね・けんし1947年、山口県生まれ。早稲田大卒業後、70年に松下電器産業(現パナソニック)に入社。販売助成部の社員として3年間勤務した。漫画家デビューは74年。「課長 島耕作」シリーズは、連載開始から35年を経た現在も続いている。
松下の精神 島耕作に反映 漫画家の弘兼憲史さんはかつて、松下電器産業(現パナソニック)のサラリーマンだった。退社後、電機業界を舞台にした「課長 島耕作」シリーズを手がけた。先月、創業100年を迎えた「古巣」をどう見つめてきたのか。主人公に託した思いを聞いた。島耕作シリーズの初芝電器産業は、松下電器産業(現パナソニック)をイメージしている。初芝の創業者として登場する吉原初太郎は、松下幸之助がモデルだ。
幸之助会長(当時)とは本社の廊下で何度かすれ違った程度だ。身体がすくむぐらいの迫力があった。朝礼で、幸之助がつくった「遵奉(守るべき)七精神」を唱和し、定時退社時刻になると社歌を歌っていた。全共闘世代の私からすると、入社当初は抵抗感があった。幸之助は、起業は単なる利益追求集団であってはいけないと説いた。利益は、もうけようとするのではなくて、与えられた仕事を一生懸命やることで、その報酬として生まれる。だんだんその通りだと思うようになり、漫画家としてもかなり意識するようになった。
慢心のツケ出た 島は専務時代、「五洋電機」をめぐる韓国メーカーとの買収合戦を指揮する。 2008年ごろ、松下と三洋電機が経営統合するのではないかといううわさがあった。それなら、漫画の世界で先に業界を再編することにした。韓国はサムスン電子とLG電子の2大グループ。個人的には、日本でもそれぐらい収斂すればいいと思っていた。「ソニー陣営」「松下陣営」とかね。規模を大きくして戦うのがいいと思ったが、社風もあってなかなか実現は難しい。
松下がパナソニックに社名変更したのは08年10月。漫画の世界でも、初芝と五洋のブランドを「テコット」に統一した。社長に就任した島は、韓国勢、中国勢の台頭を感じる。 ウサギとカメに例えると、日本電機メーカーはウサギ。世界で戦闘を走っていた時期があったが慢心して居眠りしている間に、追いつかれ、追い抜かれてしまった。今は韓国・中国勢におされている。社名やブランド名を統一したが海外では残念ながら後発メーカーだ。豊かな国内市場に甘え、海外で骨身を削るような競争をしてこなかったツケが出ている。
新事業の先陣を 12年、島は主力のテレビ事業で、国内のライバル企業「ソラー」との提携に乗り出す。パナソニックもプラズマテレビ事業の赤字に苦しんでいた時期だ。事業の撤退を決めるときは素早くというのがまず第一だと思い、初芝時代からの看板商品だったテレビで「脱自前主義」にかじを切った。家電に関しては、自前でやるという時代ではない。他のメーカーとも手を組んで、テレビも自社ブランドにこだわらず、内蔵部品で稼ぐぐらいの発想でやらないといけない。
島は、2期連続の大幅赤字を出した責任をとって社長を辞任。会長として財界活動に軸足を移し、農業問題などに取り組んでいる。日本の家電メーカーが家電だけでやっていく時代はとうに終わっている。パナソニックには先陣を切って、新しい事業に力を入れてほしい。例えば、食料問題。地球温暖化などを考えると、食料分野で自社の技術を生かし、AI(人工知能)などを組み込みんだ野菜栽培や養殖魚業にもっと関心を持ってほしい。
日本企業の多くはサラリーマン社長。だいたい5~6年で次の社長にバトンタッチしなきゃいけない。だから大勝負ができない。思い切って「去年よりも業績は落ちるけど、頑張ろう」と言える度量がある経営者の方が、大胆に面白い経営ができるかもしれない。(辻尚仁)

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