4月17日 ありがとう夏100回これからも

朝日新聞2018年4月12日26面:「引退危機」から全国準V 八回の攻防スクイズが明暗分けた 「後々まで夢に出てきた」と春日部共栄監督・本多利治(60)が苦笑いする場面がある。決勝点が奪われた八回裏の守備ではない。直前の攻撃だ。<八回1死一、三塁>。くしくも、育英(兵庫)も裏で全く同じ展開となるが、ここで「打て」か「スクイズ」か。結果論だが、それが明暗を分けた。
八回表。1死一塁で2番の主将・高橋正幸。決勝点につながる走者を確実に得点圏に進めたい。読み通り、指揮官から「送りバント」のサインが出た。高橋はバックスクリーンのスコアボードを見ながら、「もしかしたら、高校最後の打席かもしれない。打ちたい」。ど真ん中に来た2球目を見送った。「こいつ、打ちたいのか」。すぐに察知した本多はサインをエンドランに変えた。「バットを投げてでも成功させてやる。根拠のない自信があった」。高橋はきれいに右前にはじき返した。1,2番で得点機を作り、中軸で返す。一番得点できるパターンだ。
1死一、三塁。この瞬間、次打者の遠藤誠は確信した。「ここでスクイズを決めて全国制覇」。高橋とは宮代町立百間中から一緒に白球を追いかけてきた。「高橋がいるとチームは勝つ」。共栄に高橋を誘った。ここで育英がタイムを取った。高橋が遠藤に近寄る。「お前が決めてくれ」。その一心で「思い切り打て」と託した。だが、遠藤の耳には入らなかった。育英はバントを多用する機動力野球のチーム。「先んじて相手のお株を奪い、流れをぐっと引き寄せられる」。遠藤はスクイズのサインを待った。「あの時、スクイズが一瞬頭をよぎった」と本多。だが、準決勝まで打率4割と好調だった遠藤の打撃にかけたのだ。
「スクイズのサインが出るまで、ファウルでカウントを稼ごうと考えた。100%決められる自信もあった」と遠藤。思いはすれ違ったまま、3球目、外の変化球にバットを出すと、打球は力なく三塁へ上がった。「スクイズと決めつけてしまった。打席で模索する中で、気持ちと体を一致できなかった。『勝った』と思った瞬間、負けが始まったんです」 好機は続く。2死一、三塁で、打席には4番柴田耕一。ここで本多は心の中で「やられた」とうなだれた。育英のバッテリーがまさかの敬遠策で来た。満塁で四死球なら押し出しで1点、安打で2点を失いなねない。うなるしかない采配。後続は凡退し、決勝点を逃した。その裏、育英はエース土肥義弘のモーションを盗み、エンドランを決め1死一、三塁でセーフティースクイズ。土肥の悪送球を誘い、勝負は決した。
心がプッン監督に談判チーム結束 この約2ヵ月前の6月、3年生は「引退危機」に見舞われた。練習試合に2試合続けて敗れ、本多が3年生に叫んだ。「お前ら引退しろ!」最後の夏を前に、「気合が足りないいーむを直したかった」という荒療治だったが、「みんなの心がプッンと切れてしまった」と高橋。そのまま帰ってしまい、翌日から練習に出なくなった。「頑張っているのになぜ」「もう辞める」・・。感情的になり、収まらなかった。
その後、3年生は全員泣きながら話し合った。「ここまできて、本当にいいのか」「最後までこのチームでやりたい」。監督と真正面から向き合い、「ミスを怒らないで下さい」と訴え、本多も「一切怒らない」と約束した。その日を境に、3年生は失敗を恐れず、主体的にのびのびとプレーし、試合ごとに成長。チームは一つになった。「あの出来事がなければ、準優勝はなかったと思う」。本多も高橋も口をそろえる。
当初の目標は「1回勝って校歌を歌う」だった。頼もしい2年生バッテリーを3年生が支え、頂点に迫った。試合後、3年生は泣くどころか、育英に拍手を送っていた。本多は目を細めた。「選手たちを信頼していたので後悔はない」と言う。大会後、本多は育英監督・日下篤と日本高校野球選抜チームで寝食を共にした。「日下さんは勝負師だった。相手チームの研究、ひらめき、的確に状況を理解し、勝負をかけるぞという集中力。僕は中途半端だった」
当時35歳だった本多は3月で定年を迎えた。4月からも引き続き、教壇とグランドに立つ。衰えを見せない本多のげきと球音が、今日も響き渡る。春日部共栄のバックネットには、まだ果し得ない「全国制覇」の4文字が掲げられ、名将の背中を押し続けている。 =敬称略 (加藤真太郎)

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