4月16日 巨大噴火「3」

朝日新聞2019年4月10日9面:麻薬をさがされたみたい 「似ている。実に似ている。しかしまさかねえ」1975年6月11日、鳥取県の第千のふもとの火山灰が、800㌔離れた南関東で見られるものとそっくりなことに気付いた研究者がいた。東京都立大名誉教授の町田洋(86)だ。自宅を訪ね、当時の状況を教えてもらった。町田が見ていたのは、粒の細かい火山灰でできた厚さ20㌢ほどの地層。鳥取の研究者は、大山の噴出物とみていた。鳥取にも関東にも火山灰を降らせる大規模な噴火などあるのか。噴出源はどこか。広島の先輩に、「白っぽい火山灰を見たことがないか」と聞くと「宮島にある」。しかも厚さは30㌢という。噴出源に近いほど火山灰は厚く積もる。ならば南九州の噴火か、とひらめく。
以前に採取していた鹿児島湾の姶良カルデラから、約3万年前(当時は2万2千年前とされていた)に噴出した火砕流サンプルを取り出した。含まれる鉱物や火山ガラスを、群馬県大の共同研究者、新井房夫教授(故人)が詳しく分析して検証した。二人は興奮した。早速、調査を拡大すると、京都、滋賀、東北・・と見つかった。九州から東北まで1千㌔以上も飛ぶ火山灰。姶良の「A」と関東の丹沢の「T」から「AT」と呼ぶことにした。広域に降る日本の火山灰は知られておらず、仲間の研究者もきょとんとした。「麻薬をかがされたみたい」と言われたこともある。高く噴煙が上がり、重いものは火砕流として南九州の山谷を覆い、上空に放出された軽い火山灰が風にのって遠くまでいく、という噴火メカニズムも推定した。町田は千葉大の医学部に入学したが、医師になり気が起こらず、東京大を受け直した。山登りが好きだったので、山の研究をめざして地理学を専攻。富士山や箱根の噴火の歴史を火山灰を使って調べた。「富士山と箱根は、溶岩を詳しく調べた侵しがたい業績があった。権威のむこうをはって、火山灰でやってみようと生意気に思った」と振り返る。火山灰にのめりこんだことが、広域火山灰の発見に結実した。
ATのは発見に「衝撃を受けた」と東京大名誉教授の荒牧重雄(88)は話す。姶良カルデラの火砕流を研究し、「すべて知っているつもりになっていたけど、こんなものがあったなんて」。火砕流を出してカルデラができることはわかっていたが、町田らの研究でカルデラ、火砕流、広域火山灰と巨大噴火の全体像がつながったのだ。当初あった反論の声も次第に小さくなっていった。
荒牧が初めて火砕流の論文を書いたのは1957年。当時、火砕流という語はなく、日本語の論文なのに「パイロクラスティックフロー」という英語を使った。火山噴出物のうち、ガス、溶岩以外をさす「火山砕屑物」の流れという意味だ。別の呼び方もあったが、米国でも後にこちらが普及する。日本語のほうは「火山砕屑物流では長いから、火砕流はどうか」と先輩にいわれてきまったという。
=敬称略 (瀬川茂子)

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