4月15日 僕を育ててくれた50人の「沈没家族」

朝日新聞2019年4月10日25面:加納土さん、24年前の保育入らを再訪し記録映画に あるシングルマザーが24年前、息子を一緒に育ててくれる人を張り紙で募集した。集まった50人超の若者たちに囲まれて育った加納土さん(24)が、彼らを再訪して記録した映画が、現在公開中だ。当時から実験的な家族の形として注目され、賛否両論があったが、20年余り経つ今も「かわいそう」と言われることに加納さんは違和感を持つ。
加納さんが生まれた後、アパートで2人暮らしをしていた母の穂子さん(46)は、働きながら写真の専門学校に通っていた。近所に「うちの赤ちゃんの子守をしてみませんか」と張り紙をしたのは、加納さんが生後10カ月の頃のこと。集まった「保育人」は20~30代の男女ペアのべ50人超。途中から3階建ての一軒家に引っ越し、母が不在の間、ゆるくシフトを組んで遊んだり、ご飯を食べさせたりしてくれた。毎月、「保育会議」が開かれて皆で育て方を議論していた。
小学校の運動会に、他の子どもは父母が来ているなか、加納さんには若者が10人ぐらい来ていたが、「そういうもんかなと思って、特に変わっているとは感じてなかった」。小学校3年で八丈島に転居するまで、その生活が続いた。約5年前、加納さんが20歳の誕生日に、母と30人ほどの保育人たちが集まり、同窓会を開いた。「顔も名前も忘れたおっちゃんやおばちゃん」が、当時の写真を見ながら、「土はカボチャが嫌いで大変だったよ」などと懐かしがっていたのが、不思議だった。ドキュメント映画が好きだった加納さんは、大学の卒業制作の題材に選び、1年半かけて撮った。
浮かび上がってきたのが「愛すべき変人たち」の姿だ。平日の昼間から出入りして飲み食いしていた無職の人、漫画を描いていた人、自分探しをしてずっと議論していた人・・。彼らと再会し、改めて振り返ってもらった。ある男性は、映画の中で「土とは子ども時代を一緒に過ごして、謎の達成感がある。逃げ出さなかったのは、楽しかったから」と語り、別の男性は「自分が思う子育てを勝手にやらせてもらって、こっちがありがたかった」と語った。加納さんは「シングルマザーを支援する側という関係じゃなかったと思う。月並みな言葉だけど多様性にあふれ、自由で濃厚な世界だった」。
当時は、加納さん親子のほかに、シングルマザー親子2組が同居していた。映画の中では、同居していた2歳年上の女の子と久しぶりに再会。彼女は「家の中に親や教師以外の甘えられる場所があったのはすごいことだった」と振り返る。昨年、ネットニュースで経験が取り上げられ、「かわいそう」というコメントがあった。20年余り前も、実験的な家族の形としてメディアの取材を多数受け、賛否両論の声が寄せられたという。加納さんは当時から、「遊ぶ相手が普通の子より多くてラッキー」ぐらいに思っていたため、「キョトンとしてしまった」と話す。「僕にとっては濃密で幸せな思いで、引っ越して共同生活が終わった時は本当につらかあったのに、どこがわかいそうなんだろう」と、しっくり来なかった。「家族のイメージに縛られず、それぞれの大人が楽しく生きやすいようにやっていても、僕は育ったよ、と伝えたい」 映画のタイトルは「沈没家族」。共同生活を始めた当時、居間に、ひとり親を取り上げたテレビ番組が流れていた。コメンテーターが「父と母と子という家庭の形が崩れていってシングルマザーが増えていったら日本は沈没する」と言っていた。誰かが「じゃあ沈没すればいいじん」と笑い飛ばした。「伝統的な家族像に縛られて漂流するくらいなら、沈没して新しいかたちをつくろう」と、共同生活をしていた家に「沈没ハウス」という看板を掲げたのが由来だ。卒業制作として撮られた今作は、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)審査員特別賞などを受賞し、劇場公開が決まった。東京都中野区のポレポレ東中野で上映中で、仙台市のチネ・ラヴィータなど、全国で順次上映する。(田渕紫織)

 

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