4月13日 視点 沖縄から 又吉盛清氏

東京新聞2018年4月6日4面:加害者認識欠く「明治150年」 安倍政権が記念事業などにより称揚しようとしている「明治150年」とは、いったい何か。内閣官房は「次世代を担う若者にこれからの日本のあり方を考えてもらう契機」であり、「明治期の人々のよりどころとなった精神を捉えることにより、日本の強みを再認識し、日本の更なる発展を目指す基礎」にしたいという。戦後、明治への再評価と賛美が高まったのは、1960年代だ。
日米安保条約が改定されて米国との間に従属的な軍事同盟が成立すると、国際的地位の向上など「日本大国論」が唱えられ、欧米諸国の侵攻をはね返したアジア唯一、最高の「近代文明国」として、明治期の日本の誇りが強調されるようになる。前後に、戦後の民主化に逆行する復古調の愛国心教育が重視され、侵略戦争と植民地支配の正当化が行われるようになる。
改憲を信念とする岸信介首相からは「自衛のための核兵器保有は許される」との発言もあった。戦後日本の右傾化の始まりである。68年に政府は「明治100年」記念行事を挙行・「明治は世界的にも類例を見ぬ飛躍と高揚の時代、封建制度から脱却し勇気と勢力を傾けて近代国家建設に邁進した」と位置付けた。
ここに決如していたのは、アジア侵略と植民地支配に対する加害、責任の認識である。明治からの一世紀にあける最大の汚点は、日本国家が民衆を戦争から戦争へと引きずりまわし、大量死をもたらしたこと、東アジアの戦場にも、戦闘や虐殺により罪なき民の屍の山を築いたことにほかならない。この「国家死」の責任者は誰か。戦後の日本は総懺悔の中で「共同責任」であるかのようにして、軍人、政治家らの責任を主体的に追及することなく放免してきた。そのツケが、今日の憲法改悪、自衛隊の海外派遣、軍備強化に結び付いている。
琉球沖縄にとって明治維新以降の歴史観は、決して本土側と一様ではない。「琉球合併」によって琉球王国が解体され、大日本帝国の植民地になると、沖縄には南方の防波堤から攻撃的な海外侵略、植民地支配の拠点としての役割が与えられるようになる。「万国津梁」(世界の架け橋)の精神をもって東アジアの海域を平和の民として生き抜いてきた琉球沖縄人が、台湾出兵や日清、日露、日中戦争などを通して、東アジアの民衆を抑圧する加害者に転落したのである。
筆者が主宰する「又吉学級」は19~20日、東京の中の琉球沖縄ゆかりの地などを訪ね、明治維新から150年の中で東アジア人がどう生きてきたかを考えることにしている。(またよし・せいきよ=沖縄大客員教授)

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