4月11日 サザエさん 男の顔

朝日新聞2019年4月6日be3面:生きざまの履歴を表す責任 波平が自分の顔に不安を覚え、鏡台や手鏡で観察し始めた。<四十すぎたら自分のかおに責任もたなきゃいけない>とのマスオの発言がきっかけだ。米国第16代大統領リンカーン(1809~65)が側近から推された閣僚候補の顔つきが気にいらず、任命しなかった理由に挙げた名言とされる。だが、日本顔学会会長で東京大学名誉教授の原島博さん(73)は「リンカーンの名言だと裏付ける資料が見当たりません」と困惑する。かわりに当時の陸軍長官が「男は50歳を過ぎれば、自分の顔に責任を持て」と言ったという文献を確認した。ただ、顔つきに敏感だったと思われるリンカーンの逸話はある。少女から「あごひげを生やした方がいい」との手紙を受け、トレードマークにした。
漫画が掲載された1963年は55歳定年が常識だった。のちに54歳と告白し、人生の秋を迎えつつあった波平にとって、顔に責任を持てているかどうかは関心事だったはずだ。それなのに、フネとサザエは<よけいなこと>と一蹴する。原島さんは60年代あたりに「男らしい顔」の転換点があったとみる。「戦時中は家族を敵から守る『力強さ』が男の顔の象徴でしたが、戦後平和になると女性の価値観が強まり『やさしい』顔が支持されるようになりました」
この明言を<男の顔は履歴書である>と55年発表の随筆で要約したのが、「マスコミの帝王」と呼ばれた大宅壮一(1900 ~70)。<若いころの顔は、親がつくってくれたもので、自分の顔とはいえない。活気あふれた中年者や、たくましく生きぬいてきた老人を見ると、よく使いこなされた家具、調度のように、新品に見られない色つやが出てくるような気がする。それは一日、一日の生活が何十年も積み重なって、生まれてくるのである。>
大阪府富田村(現・高槻市)の醤油屋に生まれた大宅は、肩曳き車に四斗樽を二つも三つも積み、23㌔以上先の大阪市内まで歩いて配達したと随筆で振り返った。17歳で父を、65歳で息子を亡くした。神奈川県鎌倉市の瑞泉寺住職、大下一真さん(70)は晩年の大宅の顔を覚えている。「時に物事を一瞬で見抜くような鋭い眼光」。ジャーナリストだった大宅の責任が顔に表れていたのかもしれない。大宅は息子と妻とともに、この寺の墓地に眠り、<履歴書>の名言の碑が境内に立つ。 ギャグ漫画の頂点にあった作品を忘れてはならない。『天才バカボン』のバカボンのパパの顔は、アニメの♪四十一の春だから、で哀愁を帯びる。原作者の赤塚不二夫(1935~2008)の一人娘、りえ子さん(54)は母からこんな話を聞いた。「人はね、50歳を過ぎたら自分の顔に責任を持たないとダメなんだよ。生きざまが顔に出ちゃうから・・」と言った父に、では自分の顔はどうなのかと母に尋ねた時の父の答え。「もう手遅れなの」
アルコール依存症の父は酒を断つと幻覚が出るようになったそうだ。朝、洗面台の鏡の前で百面相を始め、つぶやいた。「バカボンのパパ」。「最愛のキャラクターになりきることで自己崩壊を防いだのかも」と娘は涙ぐんだ。バカボンのパパの顔の横じわ2本は角度を変えて描けば、表情が豊かになる。娘はそれを「実にいい顔」と言い、今も父の顔と重ねて見ている。(辻岡大助)

 

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