4月1日 耕論 すぐおいしい即席麺60年 

朝日新聞2019年3月26日17面:安藤宏基さん 個々のニーズ追う時代へ 「チキンラーメン」の発売は1958(昭和33)年8月25日。私は当時10歳で、最初に食べたのは、売り出しの約半年前。すごくおいしかった記憶が残っています。父、安藤百福は、世の中を明るくすることはないか、役立つことはないかを考え続けている「異能の人」でした。しかし、「執念も持ってやれば必ずできる。常識にとらわれるな」というのが口癖でしたから、周りの人間はたまったもんじゃない。私なども胃潰瘍になったほどです。そんな父が7回以上仕事に失敗して8回目に成功したのがインスタントラーメンです。五つの原則があります。まずおいしいこと。そして簡単に調理できること。さらに家庭に常備されるように保存性が髙く、加えて安全で衛生的なものであること。最後に値段が手頃なこと。
いま、この原則を振り返ると、世間の役に立つもの、という点で一致しています。戦後の食料不足、日本の経済成長期の多忙さの中で、省力・省時間を実現する商品だったから受け入れられ、そして役だったことと思います。同じことは世界各地で通用しました。開発途上期から成長に向かう段階で、インスタントラーメンは作り手を家事から解放し、子どもたちに安全安心な食生活を提供した。
だからアジアやアフリカ、欧米まで広がったと思います。袋麺、あるいはカップ麺という2種類のインスタントラーメンが、それぞれの国や地域ごとの味で彩られ、多様な家庭の味を生んでいく。まさに世界食になっていきます。インスタントラーメンには世界の問題が反映しています。マイクロプラスチックによる汚染が懸念されるように、私たちの商品の包装も無縁でありません。現在微生物によって自然に戻る生分解性容器の研究に取り組んでいますが、さらに環境負荷の低い商品を開発しなければなりません。急速な高齢化を考えれば、健康面への配慮も欠かせません。麺にミネラル、ビタミンなど多様な栄養素を練り込む技術を確立していますので、こうした商品もどんどん具体化させていくでしょう。97年にできた世界ラーメン協会には23カ国・地域の153社が加盟しています。地震や風水害の際、近くの加盟社が緊急支援します。昨年暮れのインドネシア津波でも10万食が提供され、災害由来の飢餓を起こさない活動にも努めています。インスタントラーメンは、今後一人一人のお客様に合ったマイラーメン、少量多品種生産のモデルに転換していきます。インスタントラーメンが生誕100年を迎える頃には、よりクリエーティブな商品が流通するでしょう。ラーメン産業の新たなステージを造るのが、私の使命です。(聞き手 編集委員・駒野剛)
藤倉達郎さん 世界の貧困層にも急拡大 誕生から60年を迎えたインスタントラーメンは今や、アジアや北米を中心に多くの国々に広がっています。世界ラーメン協会の推定では、2017年の世界総需要は約101億食にのぼります。私は米国の人類学者とともに、インスタントラーメンが海外でどのように人々の生活へ組み込まれているのかを研究しました。パプアニューギニアでは、抵所得者の間で多く食べられていました。米国ではお金のない学生の食事の代名詞となり、さらに刑務所でもインスタントラーメンは多く消費され、収容者同士で貨幣のように交換されていました。興味深かったのは、経済的な理由などで食料へのアクセスが限られている人々が愛用していたことでした。インスタントラーメンの主な材料は、小麦粉と食用油、調味料。炭水化物、油、塩という人の体が浴する成分の塊なのです。麺を油で揚げているため、1食分のカロリーをこれだけでほぼまかなうことができ、空腹を満たせます。大量生産の工業製品なので、値段も安い。軽くて輸送もしやすく、保存性も優れているため、山間部にも届きます。
さらに企業は、路上に試食の屋台を出し、値段も低く設定するなど、貧困層をターゲットにしたマーケティングを行いました。「BOPビジネス」と呼ばれる手法で、貧しい人が最低限の栄養を確保できることともに、彼らを市場に取り込むことで企業は大きな利益を得ることができます。インスタントラーメンは1990年代に、特に生活に余裕のない途上国の人々へ急速に広がりました。生鮮食料品を買えない貧困層、都市に出稼ぎする労働者、ひとり暮らしの高齢者などです。
ただインスタントラーメンは、依存状態も生み出しています。より簡単により安く食欲を満たせるため、お金や時間に余裕がないと頼ってしまう。そればかりを食べる生活になると、後戻りはなかなか難しくなります。私が調査したネパールの農村でも、子どものおやつは地元でとれた豆やトウモロコシでしたが、90年代になるとインスタントラーメンに変わりました。今やネパールの1人あたりの消費量は世界第3位。それほどインスタントラーメンの引力は強いのです。
最近は、工業製品ではない「自然」な食べ物を食べるべきだという議論もありますが、私はインスタントラーメンは飢餓状態の人々の大きな助けになってきたと考えています。ただ栄養面を考えても、それしか食べない状況は良くない。地産地消を多くの人が享受できるようにすべきです。発明者の安藤百福さんも毎日ラーメンを食べて96歳まで生きましたが、それだけを食べていたわけではないのです。(聞き手・藤田さつき)
西口敏宏さん 「気づいたら実行」に学ぶ インスタントラーメンは、大成功したイノベーションの一つです。即席麺を作る加工技術の発明よりも「安くて簡単ですぐ食べられる」という、それまで気づかれていなかった広大なマーケットを開発した意味が大きいと思います。世界への広がりやその速さは、生み出した安藤百福さんが思っていた以上だったのではないでしょうか。日本でこのようなイノベーションが出てきたのは、戦後すぐから1960年代初めにかけてです。軍国主義や全体主義で押さえつけられてきた様々な能力が、産業だけでなく、文芸や映画などの芸術でも一気に花開いた時期です。国内外で市場が急拡大していたので、発明がニーズに合えば、ものすごくもうかる時代でもありました。日本発では、インスタントラーメンのほか、トヨタ生産方式があります。参加者の意欲を引き出して作業を絶えず見直す「カイゼン」は、今も自動車産業だけでなく、サービス業や、特に英米圏での政府の仕事の仕方にも影響を与え、人類の歴史に残る貢献をしていると思います。日本は長く欧米を追う立場でした。実際に見たり、触れたりできる具体的な課題を解決する能力にたけているため、特に製造業で追うことに向いていました。80年代後半から90年代に追いつき追い越そうというときに、満足してしまいました。目標を見失ったと言うべきかも知れません。生き残るためには「追いつき型」から脱皮し、ビジネスの仕方を根源的に変えなければならなかったのです。
逆に製造業が衰退していったアメリカは、90年代後半から一人勝ちです。起業家が新しい世界の諸資源のつなげ方、使い方を発見しようとITに向かい、イノベーションが束のように出てきました。グーグルやアップルなど、インターネットを使ったビジネスで、今や基幹産業です。その企業家たちは異口同音に、利用者同士をつないで「コミュニティを作る」「世界を変える」と言います。自分が作ったものは便利でいいものだから、国や地域を越えて多くの人たちに使ってもらい、利用者のコミュニティ全体で栄えればいいじゃないかという考えです。日本にも優れたゲームやアニメを生み出す人たちがいますが、それを通じて世界の人たちを結びつけようという発想はあまり聞きません。日本は島国で長く農耕生活を続けたせいか、そういう発想を持ちにくいのかも知れません。また、周りから逸脱しづらい社会で、個々人が問題に気づいてもなかなか言い出せないし、本当のことが言えない。安藤さんから学ぶべきは、気づいたら実行に移し、失敗しても何度でも成功するまでやり直すことだと思います。(聞き手・諏訪和仁)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

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