30日 「畑違い」ミスドを変える

朝日新聞2017年7月29日9面:大量生産から地域密着型へ 木目調のテーブルに、店内に広がる揚げたてのドーナツの香りー。「ミスド」と聞いてイメージする光景が、変わりつつする。売り上げが伸び悩むドーナツが大改革に乗り出した。それを担うのは、ドーナツ事業とは無縁だった畑違いの役員だ。
「会社もフランチャイズ(FC)オーナーも、成功体験から抜け出せない。作れば売れる時代は終わった」。ミスドを運営するダスキンの専務、宮島賢一(62)はこう語る。宮島は2年前にミスド担当になった。それまでは、ダスキン主力のモップ営業や「お掃除隊」として現場を回ることが多かった。
「ミスドの社員たちは一途すぎる」と話す。ドーナツ愛はあるが、周りが見えていないように感じた。ミスドは、ダスキンの創業者・鈴木清一がFCチェーンとファストフードの可能性に注目し1971年、米国発のドーナツチェーンとして大阪府箕面市に1号店を開店した。
時は高度成長時代。買ってきたドーナツを家族でほお張る。「大量に作って、大量に売る」。そのスタイルが時代にはまった。店内調理にこだわり、調理設備を備えた大型の店舗を全国に展開した。だがバブルは崩壊、少子高齢化に核家族。それでも「大量生産」を貫いた。2000年ごろから、「100円セール」を乱発。定価で売れなくなると、割引クーポンを発行した。
個人消費が低迷したうえ、「様々なスイーツが世の中にあふれ『ドーナツはおいしけど、いつ買おうかな』という感覚に変わったことに気づけなかった」(宮島氏)。08年3月期に1253億円だったミスド事業の売上高は、17年3月期には818億円に。そこで宮島が注目したのは、同じくFCビジネスのコンビニだ。地域にどんな人が住み、どんなニーズがあるのか。「地域密着で、店ごとに即座に対応する力がある。ミスドはすべての店が同じで良いのか」
同じ思いを抱えていたのが三沢賢一(47)だ。神奈川県を中心にミスドのFC店を運営する「岡田屋」の専務。「高齢者が多いならソファ席を多く、高校生が多いなら飲み物の値段を下げる。地域の特性に応えないと、客は離れてしまう」
売り上げは下降線をたどり、店舗改装は後回しになった。店内は暗く、周りの飲食店に埋もれた。「ミスドがなくてなってしまう」こうした危機感を受け、宮島が打ち出したのは、店内調理を立地によってはやめることだ。調理設備があると100平方メートルは必要だ。東京都内では山手線内や、主要な駅前には新規に出店できなくなっていた。
調理設備のある店から30分で運べる範囲に、持ち帰り専門店やカフェ型の店を展開する。設備がない分、約15平方メートルでも出店でき、全体の席数が増やせる。FCオーナーへの融資支援も始め、22年度末までに全店舗の改装を決めた。「フル装備の大型戦車でなくても、リヤカーで戦える」と宮島は言う。
FCオーナーの会合を全国8エリアに分け、年2回、宮島が回るようにした。「外から来たくせに何が分かるんだ」「本当にうまく行くのか」。改革に反発もあった。ただ、三沢は「会社の方針は聞くだけのものから、提案するものに変わった。スピード感も加速した」と感じる。
宮島は言う。「『とにかく売れればいい』から卒業しよう。オフィス街の店舗なら、ドーナツ屋がピザやパスタを出したっていいじゃないか」=敬称略
(牛尾梓)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る