3月9日 東日本大震災7年

朝日新聞2018年2月28日39面:「津波逃げて」あの日の彼女いま隣で笑顔 津波が襲ったあの日、気がついていない女性に「早く逃げて」と声を上げた。彼女は助かったのだろうか。一方、相手の女性は無事に逃げ、「誰だか分からないけど、いつかお礼を言いたい」と思い続けていた。幾年か過ぎ、実はお互い、身近なところにいたことを知った。「美人会」 高野とき子さん(70)は1年半前から、気が合う5人の女性と、そんな名前の集まりを開いている。
津波で宮城県東松島市の自宅を流されて隣町に移り住んだが、震災後、ふるさとの健康教室に通い始めた。美人会はその仲間でつくった。昨年5月、日帰りで温泉に出かけた。夫を津波で亡くしたメンバーがいるため、普段は震災の話はしない。だが、この日は違った。車を運転していた阿部ふき子さん(67)が何げなく言った。「誰だか分からないんだけど命を助けてもらった人がいるんだ」。2年越しのつきあいになるが、初めて聞く震災の時の話だった。
海から1㌔ほど内陸にある避難先の小学校に車で向かったが、渋滞で1時間近くかかって着いた。ほっとして夫と息子とその妻に運転席からメールを送っていると、車の前に「早く逃げて」と手ぶりで教えてくれる女性がいて、津波に気づいたー。助手席で耳を傾けていた高野さんが声を上げたのは、その時だ。
「えっ、それ私だ」高野さんも同じ小学校に逃げていた。津波が迫っているのに、車の運転席で下を向いてままの人がいた。走り寄って避難を促したことを思い出した。「まさかあなただったとは。やっとお礼が言える」。運転席の阿部さんは涙顔になっていた。あの日、助け、助けられた2人は、そのあとの行動を語り合った。阿部さんは逃げ込んだ体育館で、海水が押し寄せる中、2階のギャラリーからひもを投げ入れ、流される2人を助けた。
一方、高野さんは苦しんでいた。小学校の階段で、手すりにつかまるおばあさんがいたのに、手を貸さずに駆け上ってしまったからだ。「避難所に来たお巡りさんに『気に病むことはないよ』と言われたけど‥」と後悔を打ち明けた。阿部さんは高野さんを気遣うように笑顔を返した。「あなたが私を助けてくれたおかげで、ほかの人も救えたんだよ」
地元はカキの産地で、高野さんがむき身にする仕事をしているため、最近はなかなか会えない。でもたまに会うと、美人会の次の旅先をどこにするか、盛り上がる。「暖かくなったら、必ず行こう」と。 (岡本進)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る