3月7日てんでんこ 祭人「3」帰還

朝日新聞2019年3月1日3面:郷土芸能は時間も空間も世代も超え、人を結びつける。 東日本大震災からもうずぐ8年。岩手県大槌町の「町方」と呼ばれるかつても市街地には空き地が目立つ。津波とその後の火事でほぼ全滅し、人口の13.5%が犠牲になった。そして、それ以上の数の住民が土地整備の遅れや津波への恐れなどで内陸に移住した。しかし、小槌神社の前だけは、ほぼ震災前通りに新居が立ち並んでいる。求心力となったのは、江戸時代から伝わる「城内大神楽」だ。
小高い丘にあって津波を逃れた小槌神社には、震災後、付近の9世帯14人が避難して共同生活をした。その後、仮設住宅の場所が地域性を考慮されず抽選で決まったため、全世帯が別々の仮設団地になった。別れの夜の小宴で「秋祭りには集まろう」と言っ合った。震災直後、被災した住民は、まず神社下で浸水した「上町ふれあいセンター」を清掃した。集いの場にするためだ。一時期、被災した県立大槌病院の仮診療所になり、祭りが近づくと、城内大神楽の稽古場となった。
保存会の獅子頭は、江戸時代から伝わる一つだけ、片耳が取れた状態で残った。会員の一人が津波にのまれながら命がけで守った。当時の保存会会長、小林一成(78)は次女の秀子(当時38)が行方不明になった。悲しみを隠して「城内」復活のために奔走した。獅子頭や太鼓などの道具を、支援団体の助成を受けてそえおえた。震災から約半年後の2011年9月。祭りは被害の甚大さから自粛すべきだとの声もあったが、復興祈願として境内周辺だけで行われた。「やってくるよ」。小林は秀子の写真に声をかけて仮設住宅から神社に向かった。誓い合った通り、おはやしに参加した小林は、震災前と同じ興奮と、また神楽ができた安堵感に包まれた。年を追うごとに震災時に乳幼児だった子供たちが家族に連れられて加わった。子供らは友を誘い、今は震災前と変わらない約50人の会員がいる。小林は「自分が神楽を守らねば」と神社近くに昨年自宅を再建したが、他地区に移った会員も同センターに通う。 祖父や父の世代が子におはやしや舞を教え、祖母や母が見守る。何百年と続く光景を結びつける力を持っている。 (東野真和)

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