3月6日 新聞を読んで 森健

東京新聞2018年2月25日5面:東京新聞ならではの指摘 若者たちが春の兆しのようにきらめいている。平昌冬季五輪、フィギア男子で金メダル連覇を果たした羽生結弦選手と銀メダルの宇野昌磨選手が18日の1面飾った。連覇の裏には、アイスリンクの閉鎖、東日本大震災、昨秋の右足首負傷という三つの挫折があった。「自分と徹底的に向き合って苦しみ、もがき、その中で積み重ねてきた」と同日の社説は指摘した。
17日の社会面では宇野選手の幼い頃を追った。写真に一緒に写るのは元フィギア選手の浅田真央さん。ともにかわいい顔だが「浅田さんへの憧れが猛練習への基礎となった」と指摘。それだけ長い時間や思いを感じさせた。そんな若者の活躍がまぶしく映るのは、政治の中枢がひどすぎるからでもある。越年で議論が続く森友学園問題。財務省は9日、公表ずみの5件以外に新文書が20件あることを公表。「学園側に将来の買い取りを念押しするため、便宜であることを明確にして交渉を進めていった経緯」(10日1面)が明らかにされた。14日の社説が「佐川氏喚問が不可欠だ」と論じたのは当然だ。
暗澹(あんたん)たる国会を前にキラリ光ったのが特報部の被災地ルポだ。16日は東シナ海で沈没した石油タンカーから流れ出た油にまみれたトカラ列島・宝島に赴き、7年前に移住し、塩作りをしている事業者の嘆きに耳を傾けた。
15日には記録的大雪が続き乗用車1500台が立ち往生した北陸を取材。除雪の予算が細る中、高齢者自身が除雪するしかない現実を記した。まず現場に赴く。その基本的な姿勢がよく出ていた。もう一つの東京新聞らしい企画は、明治150年に対する疑義溢れる連載だ。五木寛之氏が皇民化教育について「欧米の機械文明に到底追い付けなかった」から精神主義に走ったと指摘(1月30日6面)すれば、作家の半藤一利さんと保坂正康さんの対談「『薩長史観』を超えて」では、開戦に走った東条英機が「華族になりたかった」という木戸幸一の視点を紹介した(2月20日7面)。長州出身の政治家がいまだ権力を握る中、物語から実相を突く指摘は東京新聞ならではだろう。
お別れもあった。「平和の俳句」が昨年末で終了して1月半余。19日の発言面では、毎週真っ先に目を通していたという36歳の主婦が「半年に1回でも」と復活を要望した。選者の金子兜太さんが亡くなったのは、その翌日だった。21日1面(一部地域夕刊社会面)の評伝は「俳句への情熱と平和への執念、二つの強烈な思いに貫かれた人生だった」と偉大な俳人を評した。一世紀近い社会を見てきた俳人は春を前に旅立った。だが、その眼差しはいまも読者に息づいている。
(ジャーナリスト) *この批評は最終版を基にしています。

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