3月5日 俳優 大杉漣さんを悼む

朝日新聞2018年2月24日35面:つねに普通 そのすごさ 大杉漣さんについて考えていたら、北野武監督の言葉を思い出しました。9年前、「これまで正解だと思ったキャスティングは」ときいたら、大杉さんの名前が挙がったんです。「ソナネチ」(1993年)の時、大杉さんの出番は最初のシーンで終わるはずだったが、北野監督は「この人いいな」と思って、沖縄ロケの後半まで出てもらうことになった。台本を書き換えたわけです。
その後、何かの撮影現場で会ったとき、大杉さんは「北野監督から『一切演技しないでやってくれ』と言われて、自由に動くことができた」と話していました。演技が仕事の俳優にとって、一番困る言葉ですよね。「もっと感情を込めて」とか注文される方がよっぱどいい。だけど大杉さんは何もしないで、監督の望む表現ができた。北野監督は、俳優には、ただカメラの前にいてほしいのです。極端な話、脚本の終わりまで読んでもらいたくない。演技ではなく、その人のありのままを撮りたい、ということかな。そんな考えに大杉さんは見事に応えた。それは「HANABI」(97年)を見ても、よくわかる。
僕が大杉さんの名前と顔を覚えたのは、周防正行監督のデビュー作のピンク映画「変態家族 兄貴の嫁さん」(84年)です。小津安二郎の映画を模したもので、30代の大杉さんが小津作品の笠智衆のような父親役を演じていた。いかにも「年寄りです」といった感じはないまま、老父の重みを表現しているので、驚いた記憶があります。その後観た転形劇場の演劇「水の駅」でも、大杉さんは、無言劇なので要は黙って動くだけですが、実に魅力的な人物像を表現していた。
主演映画では「棚の隅」(2007年)が心に残っています。大杉さんは小さなおもちゃ屋の店主役で、幼い息子と妻、訪ねてきた元妻の間でじたばたする普通の小市民の役なんですが、リアルな切実感にあふれていました。大杉さんは「名脇役」と評価されるが、僕は「名」という字をつけたくない。つねに普通の人で、でも普通のすごさがあると言いたいのです。
(聞き手・伊藤恵里奈)
◇大杉漣さんはドラマのロケ先で体調不良を訴え、3月21日、急性心不全で泣くなった。66歳だった。

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る