3月30日てんでんこ 横丁最後の春「6」

朝日新聞2018年3月22日3面:「仲間を残して行けない」。新しい飲食街に移れない事情があった。 「助六」の藤原ヨウ子(73)の口癖は「すみません」だ。酒を出すのが遅れた時、料理が品切れの時・・。人気はドンコのたたきなどの郷土料理。味の評判は、震災前の呑ん兵衛横丁時代から高い。
岩手県釜石市街に公民連携で1年余前にできた新しい飲食街「釜石漁火酒場かまりば」に当初から入った。約3.5坪。横丁時代と同じカウンターだけの小さな店だが、半坪だけ広くなった。市側は震災前の横丁を意識した小さな店の並ぶ飲み屋街を構想し、当初、事業費から逆算した家賃と管理費を提示した。横丁の女性らが「高すぎる」とためらうと、市は独自の補助制度を創設した。
市の担当者は同時に、横丁のリーダーである「お恵」の菊池悠子(79)を訪ね、新しい飲食街への入居を求めた。周りの店も続けば、横丁の名を残せると期待した。だが、仮設の横丁から移ると決めたのは「助六」など3店とどまった。「お恵」の菊池には、移りたくても移れない理由があった。
「最終の計画では、仮設の横丁の全店が入れるだけの区画数がなかった。誰かを仮設に残したまま、俺だけが看板を新しい飲食街に移るわけにはいかないべ」難破しかけた船だとしても、最後まで守る船長のような気概だった。菊池らは当初、皆で一緒に再建できると信じた。だが、違った。内装の工事費が必要だが、高齢で、金融機関からの借り入れは難しい。資金面での不安が現実となり、身動きがとれなくなった。
「助六」の藤原にも不安はある。でも「独り身で文無しだから食べていくために稼ぐしかない」とかまりばでの再建を決めた。製鉄所OBら常連が背中を押した。藤原は30代半ばから全国チェーンの居酒屋で働いてきた。辞めた後、「横丁が空いているよ」と声をかけられ、「助六」を始めた。1995年の9月のことだ。7年前のあの日は食材の買い出しに出ていた。津波を恐れて店から高台にある簡易裁判所に逃げて2晩泊まった。そこで「横丁は全滅」と聞かされ、涙した。
「あら、助六さん」横丁の「笙子さん」もいた。 (山浦正敬)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

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