3月28日 未来ノート 柔道 阿部一二三

朝日新聞2018年3月18日23面:柔道との出会い 負けても強く育った心 阿部一二三(20)が初めて柔道を意識したのは、6歳のときだった。何の大会の、どんな選手を見たのかは覚えていない。だが、自宅のテレビに映った柔道選手に「ビビッときた」。父の浩二さん(48)の記憶は少し違う。「一二三が柔道をやるように、僕が促すような発言をしたんやと思う」。浩二さんには苦い経験がある。水泳に熱中し、小学生で全国大会に出場した。ただ、中学に入ると体の大きな子に次々と抜かれた。清朝は161㌢で止まり、高校の水泳部でも活躍はできなかった。
そんな経験から、息子には柔道やレスリングのような階級のあるスポーツをやらせたいと思っていたという。「一二三やったら世界一になれるでえ、って。テレビを見ながら、そう言ったと思います」 当時、保育所の年長暮らすで一二三はとくに元気な子だった。「力がありまっていた。みんなが静かに座っていても、じっとしていられなくて」と母の愛さん(45)。父の思惑通り、一二三さんは「柔道をやってみたい」と言い出した。
近所の柔道クラブ「兵庫少年こだま会」に入会。本格的に技の練習が始まると、一二三は体の大きな上級生が怖くなった。練習後に泣きじゃくる姿を見かねた両親は、2歳上の兄の勇一朗さんに「一二三の面倒を見てやってほしい」と頼み、一緒に同乗に通わせた。兄のおかげで泣かなくなった一二三だが、日々の稽古では同じ年の子にころんころん投げられた。3歳下の妹の詩が柔道を始めると、周囲から「妹の方が素質がある」との声も出た。
それでも、両親が一二三から「やめたい」という言葉を聞きた記憶はない。「お兄ちゃんが入ってくれて心強かったし、柔道をやめたいとは思わなかった」と一二三。試合で負けると悔しくて会場を飛び出し、両親が追いかけることもあった。負けても、投げられても、その小さな体からは闘争心があふれて出ていた。
(波戸健一)

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