3月26日てんでんこ 横丁最後の春「2」

朝日新聞2018年3月16日3面:「仲間として何か協力を」。同名横丁の縁、と渋谷から手紙が届いた。 東京・渋谷のスクランブル交差点からJR山手線・埼京線のガードをくぐって線路脇の小道を左に曲がると、提灯を連ねた大きな看板が目に飛び込んでくる。「の・ん・べ・い・横・丁」 木造の小さな飲み屋が壁を接した建物で密集する。どこか「昭和」の香りが漂う空間だ。1,2階で計15人分のカウンター席の「鳥福」は焼き鳥屋。いつも夕方早くからにぎわう。
切り盛りするのは、村山茂(69)と次男の直人(30)、三男の潤(26)の親子。棚には半透明の小さなプラスチック容器の募金箱がある。中から千円札が透ける。2011年3月11日の地震発生時は開店準備中で、親子3人で鳥をさばき、肉を串に刺していた。家族も店も無事だったが、その日の営業は諦めた。テレビで延々と続く震災報道を見ていて、岩手県釜石市の被害を伝えるリポーターの言葉に驚いた。「のんべえよこちょう?」
同じ名の飲み屋街が東北の被災地にあるか。太平洋戦争で焼け野原になってからの戦後復興が出発点、屋台が集まってできた横丁、数人しか座れない小さな店ー。調べると共通点ばかりだった。鳥福で使う水は約30年前から釜石鉱山の「仙人秘水」だ。村山の母は釜石市の隣の遠野市出身で、夏はキュウリの漬けものを釜石市の産地から買う。その生産者を通じて釜石の呑兵衛横丁の代表、菊池悠子(79)を探し出し、手紙を書いた。
「『のんべい横丁』として釜石と渋谷でお互い長い年数御客様に愛された仲間として何か御協力できないかと思い御連絡させて頂きました」渋谷の横丁代表でもある村山が、便箋4枚に書きあげたのは、震災から1ヵ月半の4月25日。渋谷の横丁や店の歴史をつづったうえで、釜石側の窮状を思いやり、支援の申し出への「返事」は「来年でも何時でも結構です」と結んだ。
それから2ヵ月余りの7月。村山は、すでに運行を再開していたJR釜石線を使い、被災地に初めて足を運んだ。終点の釜石駅の改札前には、事前に連絡していた市役所職員だけでなく、釜石の横丁のママたちが待っていた。(山浦正敬)

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