3月25日 平成とは 小売り激変「6」

朝日新聞2019年3月19日夕刊10面:ダイエーが破綻したら 2001年の大みそかの夕刻、東京・芝公園の通称「軍艦ビル」の1階のダイエーのIR広報室には、報道各社の担当記者が集まっていた。十人前後はいただろうか。仕事にひと区切りつけたダイエー幹部も入れ替わり来て、一緒にビールを飲み始めていた。あらかじめ予定されていたわけでもない。どの記者も、ダイエーの様子を警戒する思い、元日朝刊で他社が特報を書いていないかを探る思いもどこかにあった。
というのも、ダイエーを巡る動きは9月14日のマイカルの破綻をきっかけに加速した。同様に巨額の有利子負債を抱えるダイエーは1週間後の21日に中間決算の業績予想を下方修正。米国の格付け会社が格付けを引き下げたため、その4日後の25日にはダイエー株は上場以来最安値の94円に下落した。ダイエーは市場からの圧力を無視できず、同日、社長の高木邦夫(75)が異例の緊急会見を開き、「主力4銀行、準主力銀行の支援体制は変わらない」と強調した。年が明けると、主力銀行による新たな債権支援策が浮上した。同時にプロ野球福岡ダイエーホークス(当時)やドーム球場などの売却話も取りざたされ、ダイエーの再建話は、一気に世の関心を集めるようになった。夕刊、朝刊での報道合戦も過熱した。当時「もし2兆3千億円の有利子負債を抱えるダイエーが経営破綻したら・・」と幾度も考えた。貸し込んだ銀行も深手を負う。そのとき、何が起き、何を書くのか。ダイエー発の混乱を想像するだけでも落ち着かない。
1月18日の支援策の発表会見では、資料300部が早々になくなった。主力銀行は4200億円の支援策をまとめたが、株価の下落は続いた。取材陣は、その年の大みそかも緊張を解けなかった。我々がダイエー取材に追われている間に、別のところで大きなニュースが準備されていた。「黒船」がやってきたのだ。=敬称略
(編集委員・多賀谷克彦)

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