3月24日てんでんこ 新聞舗の春「15」

朝日新聞2018年3月14日3面:福島のニュースは二面性をはらむ。人災の側面を有しているから。 2018年元日未明。福島県浪江町の新聞販売所「鈴木新聞舗」の所長、鈴木裕次郎(34)はうれしそうだった。この日の折り込みチラシは住宅メーカーや中古車の初売りなど計18枚。新聞紙が震災前のように分厚い。もう一つ。元日は新聞制作がないため、翌2日は新聞の配達業務がないのだ。1日朝に新聞を配り終えれば、自宅で思い切り眠れる。生後半年の長女を含め、家族3人で迎える初めての正月。「早く帰って、酒飲んで寝たいです」と裕次郎は笑った。この町では気づかされることが多い。
例えば「家賃賠償の新制度が創設される」という1月の報道。3月で打ち切られる東電の家賃賠償に代わり、来年3月まで福島県が東電の協力を得て家賃支援を続けるという記事を読み、裕次郎は悩んだ。「被災者としては家賃支援は続けて欲しい。でも新聞舗の経営者としては支援が続けば、住民が戻ってこないのではと不安に思う。複雑ですね」やはり1月、隣の南相馬市の市長選で脱原発の旗手と言われた現職が敗れた。「誰一人原発事故は忘れていない。でも、原発の仕事がなければ、生活できない人がいるのもここの現実なんです」と裕次郎が教えてくれた。
福島のニュースは常に二面性をはらむ。被害者と加害者、賠償の有無、故郷に戻れた人と戻れない人。立ち位置でニュースの見方は変わる。原発事故が人災の側面を有している。そんな福島の現実を私はここで学んでいる。今後も新聞舗で取材を続けていくつもりだ。3月11日午前2時。新聞舗に「非難 今も7万3千人」という一面記事の朝日新聞が届いた。避難指示解除後、初めて配る3・11の新聞。「まだ7万人もいるんですね」と裕次郎が記事を読んで言った。「みんな、自分の町に帰りたいだろうなあ」
裕次郎は今も、葛藤の中にいる。故郷の復興に携わりわたという思いは変わらない。だが部数をでれだけ確保できるか見通せず、1人でいつまで配達できるかもわからない。「それでも、この新聞を待っている人がいる限り続けたい」。裕次郎は新聞を抱え、夜明け前の町へと飛び出した。(三浦英之)
◇「新聞舗の春」は終わります。第25シリーズ「横丁最後の春」が始まります。

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る