3月23日てんでんこ 新聞舗の春「14」

朝日新聞2018年3月13日3面:「裕次郎の新聞は温かい。彼の姿を思い浮かべながら読んでいる」 その日は月に1度の集金日だった。福島県浪江町の新聞販売所「鈴木新聞舗」の所長、鈴木裕次郎(34)は毎月、顧客と直接話せるこの日をとりわけ大切にしていた。販売部数85部のうち、口座振込みの人ともいるため、実際に集金に伺うのは約40軒。帰還住民の本音を聞かれるかもしれないと、私も同行させてもらった。
実際に取材してみて、こんなに時間がかかるものなのかと驚いた。午前中は留守の家がひとんどだ。町中にスーパーや病院がないため、住民は午前中に買い物や診察で近隣市に出掛けている。裕次郎は古新聞用の袋を新聞受けに入れておく。それを見つけた住民が午後、裕次郎の携帯電話に連絡を入れる。時間がかかるのはそこからだ。裕次郎は代金を受け取るだけでなく、事務所や自宅にお邪魔して、お茶を飲みながら30分以上、会話を交わす。時にはミカンを食べながら、1時間にも及ぶ時もある。
80代の農夫は笑った。「イノシシに作物を根こそぎ食べられて。畑はイノシシの運動場だ。俺の敵は放射能じゃない。イノシシだ」60代の主婦は願った。「近くにスーパーがほしいわ。車で30分かけて隣町まで買いに行くのは大変だもの」 裕次郎は「正月はいつからお孫さんのところへ行きますか」「ではその間、新聞を止めておきますね」と一人ひとり調整していく。「鈴木新聞舗さんとは先代からお付き合いでね」70代の主婦は私に言った。
「でも今、新聞を取っているのは、たぶん裕次郎だからだわ。裕次郎の新聞はね、こう、温かいのよ。配達してくれている彼の姿を思い浮かべながら毎朝、新聞を読んでいるわ」 頭をガツンと殴られた気がした。私はこれまで、記者として津波の被災地やアフリカで最前線の現場に立ち、現実を読者に伝えてきたという自負があった。でも今、目の前にもう一つの新聞の現場がある。読者と密に信頼関係を築き、雨の日も雪の日も新聞を自宅に届ける人がいる。そうして初めてニュースが伝わる。そんな当たり前のことを改めて学んだ。「勉強になりました」。私は最後に頭を下げた。裕次郎は不思議そうに顔をして、小さく笑っただけだった。 (三浦英之)

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