3月17日てんでんこ 新聞舗の春「11」

朝日新聞2018年3月7日3面:「配達がやりたいんじゃない。町の復興に携わりたいんだ」 「担当する地域を変えて経営してみないか」。福島県浪江町の新聞販売所「鈴木新聞舗」の所長鈴木裕次郎(34)に、取引先の新聞社の販売担当員からそんな提案が持ち込まれたのは、2017年10月上旬だった。高齢化が進む新聞販売業界で、裕次郎は極めて若い担い手にあたる。規模の大きな販売所で手腕を振るってみないか。それが新聞社の販売担当者たちの意見だった。
提案されたのは同じ福島県内。震災や原発事故の影響の少ない地域で、部数は現在よりも格段に増える。給料も安定し、配達員も複数いて、週に1度は休みも確保できる。ただ、この提案を受け入れれば、浪江町での営業はできなくなる。裕次郎は悩んだ。浪江町の居住人口は避難指示解除後、4月末の193人から9月末には381人へと増えた。だが、鈴木新聞舗の契約部数は期待していたほど伸びなかった。5月の60部から8月には73部に増えたが、やがて85部で頭打ちになった。復興関連の団体職員ら新住民は、かつての町民のようには新聞を購読しなかったからだ。
現状では配達員を確保できる未通しはなく、経営も行き詰まっている。3カ月前には長女も生まれた。今後は妻子の生活を守っていかなければならない。だが、どうしても町を離れられなかった。子どもの頃から毎朝4時半に起きて、ずっと新聞配達を手伝ってきた。翌朝に配達があるため、友達と泊りがけで遊びに行ったり、家族で旅行をしたりした記憶もない。職場も遊び場もすべてこの町にあった。東京や新潟で避難生活を送っていた時、「ここは僕の場所じゃない」と感じていた。浪江町に戻れた時、素直に思えた。「帰ってきた」と。
町民は皆、自分と同じ気持ちなのではないか。今は戻れない人も、本当は帰ってきたいと思っているのではないか。浪江は新聞購読者が多い高齢者の町。帰ってくるには新聞がいる。「僕は新聞配達がやりたいんじゃない。配達を通じて、この町の復興に携わりたいんだ」。そう思えた瞬間、腹をくくれた。
10月下旬、裕次郎は正式に提案を断った。前後して吉報がもたらされた。新聞舗が、日本新聞協会の地域貢献対象に選ばれたのだ。(三浦英之)

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