3月17日 平成とは 小売り激変「2」

朝日新聞2019年3月13日夕刊8面:涙ながらのあいさつ 2000年9月、私は大阪経済部から東京経済部へ移動した。最優先課題は、2ヵ月前に倒産したそごうの再建計画を他社に先んじて書くことだった。焦点は営業を続けていた22店舗のうち、どの店を閉めるのか。そごうは地域の駅前再開発で進出した店が多い。地域経済への影響も大きく、社内の地方支局の関心も高かった。重苦しい日々が続いた。再建は、西武百貨店の社長、会長を歴任したそごう特別顧問の和田繁明(85)に任されていた。後に聞いた話では、和田に白羽の矢が立ったのは、大手アパレルの実力者が、そごうの主力銀行、当時の日本興業銀行の頭取西村正雄(故人)に紹介したからだった。また、和田の人選だけではなく、金融機関では、多額の有利子負債を抱えていた西部百貨店とそごうを統合させ、再建するという案が、そごう破綻の2~3ヵ月前から練られていたとも聞いた。西武の主力銀行は、後にみずほフィナンシャルグループとして興銀、富士銀行と統合することになる第一勧業銀行だった。つまり流通業界の再編は金融機関の再編、不良債権処理と表裏の関係だった。
「夜討ち、朝駆け」取材が始まった。和田らの当事者の口は重たかった。店舗の閉鎖は従業員の雇用にも直結する。取材対象はそごう、西武関係者だけでなく、再建を担う弁護士にも広がった。そごうの再建計画は10月に発表された。東京の錦糸町など8店が閉鎖され、グループ社員の3分の1にあたる3100人を削減する厳しい内容だった。和田は会見で「絶対二次破綻しない体制を考えた」と説明した。翌年6月、そごうは西武と提携する新体制で営業を始めた。本店扱いの横浜店では、そごう出身の店長、新部剛夫(73)が「生き返ったそごうは販売のプロを目指す」と語った。涙ながらのあいさつが今も忘れられない。=敬称略
(編集委員・多賀谷克彦)

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