3月16日 報道と権力 映画で問う

朝日新聞2018年3月6日15面:映画監督 スティーブン・スピルバーグさん 1946年生まれ。米国を代表する映画監督の一人「ジョーズ」「E.T.」「シンドラーのリスト」など数々のヒット作を送り出している。 ニクソン政権と新聞との戦い現代にも似通う スティーブン・スピルバーグ監督の最新作「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」は1971年、報道の自由を封じ込めようとするニクソン政権に立ち向かう米紙ワシントン・ポストが舞台だ。その姿は、トランプ大統領の攻撃にさらされる米報道機関の現状とも似通う。なぜ今この映画を撮ったのか、監督に聞いた。
ーなぜこの映画を撮ると思ったのですか。 「脚本を読んだのは2017年2月で、すごい迫力で迫ってきました。報道機関が直面している破滅的な攻撃を思い起こさせ、撮影中だった一つの作品に関する仕事以外はスケジュールを空けて、この映画を撮ることにしました。17年中に完成させるという目標に向かってみながまとまり、自分の作品で最も短期間で完成しました。この映画は私たちにとっての『ツイート』のようなものです」
「人の心を動かす力強い物語で、脚本を2年前に呼んでいたらそのときに撮影していただろうし、今から2年後に読んだらそのときに取っていたでしょう。オバマ政権下でもブッシュ政権下でも通用する映画だと思います」
ー映画に描かれたニクソン政権と報道機関の戦いはすさまじいものでした。 「映画で取り上げたのは、米国の歴代政権がベトナム戦争について国民にうそをつき続けてきたという事実をつかんだ報道機関の姿です。『勝てない』と知りながら、自分の政権下で敗戦という屈辱を味わいたくないというだけで戦い続けていたということを、機密文書『ペンタゴン・ペーパーズ』をもとに自白のもとにさらしました。先に報じたのはニューヨーク・タイムズ。ニクソン政権は掲載差し止めを求めて提訴し、憲法に保障された報道の自由を奪おうとしました。これは米国史上、初めてのこと。タイムズに対して差し止めの仮処分が出た後に、ワシントン・ポストが報道を続けました。社主のキャサリン・グラハム、編集主幹のベン・ブラッドリーは逮捕される危険もある中で、相当の覚悟を持って報道に踏み切ったのです」
ー報道機関を「フェイク(虚偽)ニュース」と攻撃するトランプ大統領ともかぶります。 「(米国では)言論の自由はいま、崖っぷちに立たされています。報道機関は自分たちは『フェイクニュース』ではないと弁解を迫れれている。真実を伝えていることを分かってもらうために苦労しているのです。歴史上、市民と報道機関の間にこれだけの煙幕が張られたことはありません。私の人生で初めての経験です。ペンタゴン・ペーパーズではニクソンが報道の自由を制限しようとしました。法定というシステムを使い、(政権を監視する)第4の権力を切り崩そうとした。現在の似通った面が実にたくさんあります」
「この国の一定の層は大統領が言っていることが誤っているにもかかわらず、信じ込んでしまいます。信念と事実の間に違いがないと考えている人たちがいます。だが、事実は真実の基礎です。事実がなければ真実にたどりつくことは出来ません。そして、事実を提示するのは、報道機関が得意としてきたことなのです」
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ー一部の人がトランプ氏の話を信じ込むのは、なぜでしょう。 「みんな怒っているのでしょう。自分たちの人生が前に進むのをだれかに邪魔されていると思って怒り、いらいらしていると思います。仕事は技術の進歩や機械に取って代わられる。ワシントンは泥沼で下院議員も上院議員も信用できない。怒りのはけ口を求めている人が相当いました。そういう人たちが自分たちと同じ言葉で語れる代弁者を見つけ、支持者というよりも信者になったのです。それが今の不幸な状況だと思います」
ーこの映画を党派的な映画だと批判する人たちもいますね。 「報道機関は真実のために戦いました。それは私にとって『事実』であり、党派的な考え方ではありません。私は自分の国を愛しているし、この国の人たちを愛しています。私は民主党員のために映画を作っているのではなく、みんなのために作っています。党派を超えた愛国的な映画です」
「この国には人の話に耳を貸さない人もいます。声を上げているが、それが届いていない人たちもいます。家の中が割れ、会話が成立していないような状況です。こんなに凝り固まっていることはこれまでありませんでした。怒っているだけでみんなが賛成できるような何かを見つけようともしていない人が多いですが、共和党支持者も無党派層も愛国心を持っています。国を愛する気持ちをみんな持っているということが会話を始めるきっかけになるのではないでしょうか」
ー米国の未来については楽観的ですか。 「私は常に米国に対して楽観的です。振り子は両方の方向に振れるものです。やがてまた戻ってくる。報道機関は今は包囲され、攻撃を受けていると感じるかもしれないが、生き残るでしょう。最後には真実が勝つ。いつの日か今起きていることが歴史の一章となり、より良い世界へ歩みを進めていくと信じています」
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ーこの事件が起きたときのことをどう記憶していますか。「実はペンタゴン・ペーパーズのことはよく覚えていないんです。ニクソン大統領の辞任につながったウォーターゲート事件の方が記憶にあります。当時はテレビ番組の撮影に完全に没頭していました。キャリアを歩み始めたばかりで、映画中毒、テレビ中毒だった。世界で何が起きているかについて全く関心を払わず、新聞も読まなかったし、ニュースも見ませんでした。単に映画に行き、台本の書いていただけ。私が目覚めたといえるのは、大学時代の知り合いがベトナム戦争で命を落としたときでしょう。ウォーターゲート事件も起きて(政治にも)注意を払うようになりました」
ー映画では、ワシントン・ポスト社主のグラハムの決断までの葛藤が描かれています。 「映画はグラハムが真のリーダーに成長していく物語でもあります。1970年代の米国はまだまだ男性中心の社会で、女性経営者は少なかった。グラハムは夫の死後に社主を継ぎましたが、ほかの男性役員たちにまだ遠慮していました。自分の声を持っていなかったのです。そのグラハムが究極の困難に直面し、周囲の反対を押し切って記事を出すことを決断する。彼女にとって人生最大の決断でした。グラハムは、フォーチュン誌が選ぶ全米トップ500社で初の女性経営者になりました。今や多くの企業で女性経営者が出ているが、その扉を開いたのは彼女だったのです」
ー記事を載せるというグラハムの決断は米国を変えましたか。 「もし報道しないという決断を下していたら、ワシントン・ポストは壊滅的な影響を受けたと思います。新聞社として存続できなかったのではないでしょうか。この件がグラハムに勇気を与えました。すでに報道人としての勇気を持っていた編集主幹のブラッドリーにはさらなる賢明さを与え、2人の記者にニクソンの資金の流れを追わせ、ウォーターゲート事件でモノにしました。ペンタゴン・ペーパーズの報道に踏み切っていなければ、ウォーターゲート事件を追及することも出来なかったでしょう」
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ー新聞とはあなたにとってどういうものですか。「新聞はある意味、腕の延長のようなものです。洋服ダンスの一部のようなものと言ってもいいかな。朝起きて新聞を手にすると、丸めてわきの下に抱え、地下鉄に向かうか、車に乗り込む。新聞はその日の『連れ』です。読み終わるまで連れ回す。そして翌朝、新しい新聞が届けば新しい連れができる。それが私にとっての新聞です。新聞はその日の連れとして、関心のあるすべての問題についてニュースを教えてくれる。そして、その新聞で読むまで関心がなかった問題についても発見を与えてくれます」
「タブレットやスマートフォンではなく、実際に紙の新聞として手にするのがいいね。テレビ司会者のように話しかけてきたり、討論番組のように騒がしくやりとりしたりしているわかでもありません。ただ静かに物事を伝えてくる。世界で何が起きているのかを提示してくれ、それを自分独自のフィルターにかけて消化していく。新聞の好きなところはそこだなあ」
ーでも、なかなか読んでもられなくなりました。「日本でも?」
ーそうです。新聞にはまだ役割が残されていますか。 「もちろん。新聞には重要な意義がある。ずっとずっと新聞が存在し続けることを願っているよ」
(聞き手・構成ニューヨーク支局長・鵜飼啓) 記事はスピルバーグさんとの単独インタビューと、朝日新聞を含むメディア9社による合同インタビューをもとに構成しました。

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