29日てんでんこ 皇室と震災Ⅱ【17】

朝日新聞2017年7月28日3面:この日は朝から晴れ。天皇陛下は「毎日こんな天気だとよいですね」と語った。新潟県中越地震の発生から2週間後の2004年11月6日、新潟県長岡市の訪問を終えた天皇、皇后両陛下は、自衛隊ヘリで午後2時半ごろに新潟県小千谷市に入った。小千谷市の助役だった西脇直樹さん(60)によると、両陛下訪問の連絡が県から来たのは1週間ほど前だった。休憩所はヘリポートとなる白山運動公園近くの施設に決めたが、トイレが使えない状況だったため、急いで施設の上下水道の修理を間に合わせた。
休憩所については、新潟県を通じて宮内庁から細かい要請があった。「休憩所で接待するのは女性職員1人のみで、それ以外の人は入室しないでください」「部屋の外から見られないよう、ブラインドの隙間もテープで目張りしてください」
避難所の小千谷市総合体育館には最大時で3千人が避難し、両陛下の訪問時にも千人以上がいた。両陛下は家族を亡くした人に「つらかったでしょうね」などと声をかけてまわった。職員が何回か「もう時間ですので」と告げたが、体育館を出るときには、予定時刻を大幅に過ぎていた。
佐藤さんは天皇陛下が小千谷市をたつとき「毎日こんな天気だとよいですね」と語るのを聞いた。この日は朝から晴れ。当時、山古志村の芋川が土砂崩れでせき止められた「土砂ダム」の水が日に日に増え、降雨や降雪などで決壊する恐れがあった。
とくに心配していたのが、次の訪問地の川口町(現長岡市)だった。震源地にあたり、10月23日の発生時には震度7を記録した。新潟県を縦断する信濃川に魚野川が合流する地点にあり、信濃川水系の芋川の土砂ダムが決壊すれば濁流が魚野川に注がれ、15分後には川口町に到達すると予測されていた。
両陛下が川口町の川口中学校に着いたのは午後5時前で、予定より20~30分ほど遅れていた。町長だった星野和久さん(75)は被災状況を説明するため玄関にパネルを用意して待っていたが、その時間はなかった。
星野さんは両陛下がヘリを降りた校庭から体育館に入るまで、土ぼこりが舞う中を歩きながら両陛下に説明した。職員ら支援関係者によるあいさつも取りやめになった。見舞を終えた両陛下がヘリで出発する頃には、外は真っ暗になっていた。(北野隆一)

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