26日てんでんこ 音楽の力「2」 

朝日新聞2017年8月23日3面:「私たちの歌や踊りでいいのか」。惨状を目にしたメンバーは不安だった。 津波に襲われた岩手県沿岸を走る貸し切り大型バス。AKB48のメンバー6人が硬い表情のまま無言で外を見つめていた。
東日本大震災から2カ月余りの2011年5月22日。バスは、初の訪問先となる大槌町に向かっていた。目のあたりにした惨状にメンバーから不安の声が漏れた。「私たちの歌や踊りでいいのか」
AKBの総合プロデューサー秋元康が訪問を決めたのは、その20日前だった。寄付などに加え、人気絶頂アイドルのエネルギーを役立てたいと模索してきた。「ニンジン嫌いな子にいくら栄養があるかと言ってもだめで、すり下ろしてリンゴジュースに混ぜれば大丈夫。そのリンゴジュースがアイドル。役立つ事もある」
大人の言葉よりも、アイドルが励ました方がいいと考えた。求められる支援が、物から心へと変わるのを待った。だが、2カ月近くたっても状況は同じだった。それならとメンバーに伝えた。
「『アイドルが』とか『売名か』とか非難されるかもしれないが、何もしないことで手をこまねいているより、前に進もう」相談された石原真は、勤務するNHKの報道局にも相談して行先を探す。「最も遠くて大変な地」と選んだのが大槌町と山田町だった。東京から直線で約450キロ離れ、ともに津波と火災で壊滅していた。
行政は手が回らないため、NPOなどを通じて交渉した。熱心なファンが東京から来ないように日時や場所は伏せた。自衛隊も活動する大槌町の広場に集まった子供からお年寄りの被災者数十人に、壇上の大島優子らが語りかけた。「ここが初めての場所です」「1曲目はヘビーローテーション」
白いTシャツとジーパン姿で歌った。いつものような華やかな衣装は、それから1年余り封印することになる。柏木由紀(26)はバスを降りる時、人々の表情を見て少し安心した。待っていた、との思いが伝わってきたからだ。「拒絶はないかも」自然に笑顔になれた。大島も後日、記録映画で語った。「AKBで日本を元気にする。今までとは違い夢を見つけた」(山浦正敬)

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