25日 オトナへなった女子たちへ 益田ミリ

朝日新聞2017年6月23日26面:父のいない父の日 スーパーの袋をぶら下げながら歩く夕暮れ。もうすぐ父の日だった。昨年秋に父を亡くし、わたしにとっては、自分の父親がいないはじめての父の日でもあった。
もう何もあげられないのだなぁ、と靴屋の前を通り過ぎる。毎朝のウォーキングを欠かさなかった父のために、よくウォーキングシューズを送っていた。最後にプレゼントしたウォーキングシューズは、結局、新品のまま。また元気になって、この靴を履いて歩きに行ってくれたらいいのに。そう思いながら、願いながら見舞ったものだった。本が好きだった父。好奇心も旺盛だった。一緒にスーパーに行くと、「この数字はなんや?」と、牛乳のパッケージに印刷されてある、3・7とか、3・8という数字を前に腕組みをしていたことも。
わたしの漫画の原稿料にも興味津々のようだった。「なんぼくらいやろうなと、お母さんと話してたんや」
帰省したとき、父はそれとな~く話題を振ってきた。教えようものなら、確実にあちこちで吹聴するのが目に見えていたので言わなかった。教えてあげればよかったかな。食卓でのなにげないやり取りであったのに、ふいに思い出して涙が込み上げてくる。
父の死のことは、まだ口に出して話したくなかった。「ご両親はお元気?」と聞かれることがあると、「はぁ、まぁ」とうやむやにすることも多い。お悔やみを言われたら、わたしは大人だし、大丈夫ですと言ってしまう。実際、父が他界してまだ日が浅いときに、「いえいえ、もう大丈夫なんですよ」と会った人に笑ってみせたところ、夜になって自分がひどく傷ついていることに気づいた。大丈夫じゃないときに大丈夫と言って、自分の言葉に苦しめられたのである。
父がいない世界を、わたしは、わたしの時間配分で受け入れていきたかった。そもそも急ぐ必要がないのである。お父さん、もうすぐ父の日がくるよ。阪神タイガース、今年の成績はわたしが見ておいてあげるからね。空にむかって話しかけたくなる、そんな初夏の夕暮れだった。(イラストレーター)

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