24日 私の十本 吉永小百合「23」

東京新聞2017年8月20日2面:母と暮せば「下」 平和の尊さ次世代に 長崎の原爆の悲劇を、静かな怒りと悲しみを込めて描いた「母と暮せば」は、吉永さんにとって、5本目の山田洋二監督作品だった。1970年代に「男はつらいよ」シリーズ2作品にマドンナとして出演。その後、しばらく間があいたが、2008年の「母べえ」以降、「おとうと」(01年)、「母と暮せば」(15年)と、コンスタントに主演作が続いている。
「母べえ」は、太平洋戦争突入前後の東京を舞台に、文学者の父親が治安維持法違反で逮捕された後、娘たちお気丈に守っていく母親の物語だ。「吉永さんでなければ成り立たない」と、山田監督が自ら手紙を書いて出演を依頼。34年ぶりにコンビが復活した。
「久しぶりに山田組に参加して、『男はつらよ』の頃の雰囲気と全く変わっていないのに驚きました。山田組というのは、山田さんがコンダクター(指揮者)で、スタッフも俳優も皆、山田さんを見て、どういう音を出したらいいかを教わり、山田さんの気持ちを感じて音を出す。そこはずっと同じなんですね」
吉永さんは、この20年間くらいは、映画の企画段階から参加することが増え、14年の「ふしぎな岬の物語」では、自らプロデューサーも務めた。そうした作品では、演じること以外にも気を配らなければならない。だが、山田監督の作品では、若い頃と同じように、一俳優として役づくりだけに集中できる。おそらく、それも出演する楽しさになっているのだろう。
ところで、山田演出の特徴とは、何だろうか。「せりふの言い方に、とてもこだわる方なんです。例えば『ありがとうございました』と言う時も、平板に言うのではなく、『ありがとう』の後に一泊、間を置くことで、心がこもった言い方になる。そんなふうに、一言、一言を大事にじゃべってほしい、と、演じる側は求められますね」
テクニックではなく、「気持ち」を大切にするのも、山田流だ。「俳優にはいつも『顔で芝居しないで、心で芝居してください』っておっしゃるんですが、スタッフにも同じような注文を出されるんです。スタジオで雪を降らせる場面では、担当の助監督さんに『気持ちを込めて降らせてほしい』と言葉を掛ける。そういうところが、ほかの監督さんとは違いますね」
吉永さんは、山田さんのこうした姿勢に共感する。さらに、二人を深く結びつけているが、平和への思いだ。「山田監督は、平和を守っていくためには、戦争の歴史からもっと学ばなくてはいけない、と発言されています。私の中にも、二度と日本が主導権を持って戦争が起きることがないように、という思いがあります。
『母べえ』のような、戦争に反対すると投獄される時代が再び来ないために、そして『母と暮せば』のような原爆の悲劇を繰り返さないために、平和のために役立つことを発信し続けていかねばと思っています」
「母と暮せば」の音楽は、山田監督と吉永さんの依頼を受けた坂本龍一さんが担当した。坂本さんは、原爆詩の朗読などを通じて「核なき世界」を目指す吉永さんのライフワークに賛同。2010年からピアノ伴奏などで、吉永さんの朗読会で共演している。
「母と暮せば」には、山田監督、坂本さん、吉永さんをはじめ多くの人々の、平和への祈りが込められている。「戦後70年を過ぎた今、戦争の押し音が近づいてきているようで、とても怖い気がします。『母べえ』や『母と暮せば』のような映画を通して、平和の尊さを訴え、平和への思いを次世代につなげることができれば、と願っています」(聞き手=立花珠樹・共同通信編集委員)

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