23日てんでんこ 皇室と震災Ⅱ【11】

朝日新聞2017年7月20日3面:紀子さまから、「花は皇居で皇后さまが摘んできたものですよ」と聞いた。 阪神・淡路大震災では次々と火災が起きた。水道管が寸断され、道路もがれきや渋滞で通れなくなって消火活動ができず、300件近い火災で約7500棟以上が焼けた。特に、住宅が密集し揺れも激しかった神戸市長田区は、震災全体の焼失棟数の7割近い約4800棟が焼ける甚大な被害を受けた。
発生から2週間後の1月31日、天皇、皇后両陛下は兵庫県内の被災各地を訪問した際、長田区では避難所ではなく、商店街とともに全焼した菅原市場の焼跡へ赴いた。経営していた鶏肉店が全焼した小畑泰枝さん(73)は、たまたま銀行に用があって近くを通ったところ、警察官を多く見かけたので「何かあるんですか」と尋ね、「天皇陛下がおみえになるんですよ」と聞いた。
両陛下は焼け跡に向かって深く黙礼。皇后さまは、女官が持参した白い箱からスイセン17本の花束を取出し、がれきの上に手向けた。県知事公室次長兼秘書課長だった斎藤富雄さん(72)は「花束を供える話は事前になかった。東京からお持ちになっていたことも気づきませんでした」と振り返る。
小畑さんは99年、天皇陛下即位10年を記念する宮中茶会に各地の被災者とともに招かれた。秋篠宮妃紀子さまから「あのスイセンはその日の朝、皇居のお堀のそばにさいていたものを皇后さま手ずから摘んできてくだっさたものですよ」と聞いた。
スイセンは、地元の御蔵通・菅原通の商店街の復興のシンボルになった。震災の年の6月に結成された復興対策協議会の広報紙は「すいせん」と名づけられた。皇后さまが花束を手向けた場所は「すがはらすいせん公園」となり、スイセンの花束をかたどったレリーフが設置された。花束の実物も永久保存の特殊加工がされ、神戸市中央区の「神戸布引ハーブ園」に展示されている。
震災後の仮設店舗は復興の象徴として、映画「男はつらいよ」のロケ地にもなった。その記念碑が店頭に立つ地で、2000年には小畑さんらが共同出資してスーパーを開いた。01年4月に両陛下が再訪した際、天皇陛下から「がんばってください」と励ましてもらったが、昨年9月に営業を終えた。
「復興はほんとうに難しい。でも両陛下にお見舞いいただいたことは、一生の宝物でした」と小畑さんは振り返る。(北野隆一)

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