23日 私の紙面批評 作家中島京子さん

朝日新聞2017年8月19日10面:「性被害」報道 上げにくかった声 もっと書けたはず 元TBSワシントン支局長の山口敬之氏から、性犯罪の被害を受けたとするフリージャーナリストの詩織さんが、山口氏が不起訴になったことを不服として検察審査会に審査申し立てをし、記者会見をしたのは、今年5月29日のことだった。翌朝の朝日新聞には、会見の記事は出ていない。
6月2日に、刑法厳罰化法案を審議する衆院本会議で取り上げられたことを踏まえて、3日の朝刊には「女性会見 国会でも議論」という記事が掲載された。詩織さんの会見内容が半分、山口氏の反論プラス衆院本会議での国家公安委員長や金田勝年法相(当時)らの発言が半分を占める記事だった。そして、朝日新聞がこの問題を取り上げたのは、この一度だけである。政治部の高橋純子次長が、コラム「政治断簡」(7月3日)で詩織さんに共感する女性と国会議事堂前で出会った雑観を書いた以外は。
問題が突如浮上したそのころは、刑法改正案が審議の俎上にあった。改正法は、6月16日に成立した。ポイントは ①強姦罪を強制性交等罪とし、被害者・加害者の性別を問わない ②法定刑を懲役3年以上から5年以上に引き上げる ③被害者の告訴が不要な非親告罪とする ④監護者性交等罪を新設するなどで、110年ぶりの改革に、「性暴力撲滅へ『大きな一歩』」と17日の紙面は報じている。
ここに至るまでの期間、性暴力の問題を積極的に書いてきた塩入彩記者の記事で、何度も言及されていたのは、被害者の声の上げにくさだった。2月21日にはまさに、「性暴力 声上げやすい社会に」という見出しで、支援団体の訴えを取り上げ、「ちゃぶ台返し女子アクション」共同発起人の鎌田華乃子さんの言葉「罪となるハードルが高いために、『自分が悪かったんだ』と責めてしまう被害者は多い。まだ課題は多いが、法律が変わることで、社会や女性自身の意識が変わってほしい」を、結びに据えている。3月7日夕刊には、男性被害者の声も拾い、「声を上げやすい法律に」という被害者の願いを伝えた。これらの丁寧な記事が、性暴力の残酷さを広く認知させ、被害者が声を上げやすくし、偏見(性暴力に遭うのは被害者の落ち度といったような)をなくす方向へ社会を向かわせることが、法改正の大きな意味だと伝えている。改正法案成立後の6月30日の社説では、「性犯罪厳罰化 思い課題がなお残る」とし、被害者支援や二次被害を生まない法的手続きの必要性等々を指摘して、「性犯罪の深刻さに対する無理解」の「克服こそが問われている」と結んだ。ならば、詩織さんが訴えた内容は、もっと正面から取り上げてもよかったのではないか。
詩織さんは記者会見で、被害にあった直後、病院や警察でも真摯な対応をしてもらえなかったことを述べた。会見の後も、売名行為だとか、被害は自己責任だなどのバッシングを受けた。これらは典型的な二次被害だ。新聞が、不起訴になった事件を蒸し返すのに躊躇するのは道理できる。しかし、このたびの刑法改正は、まず、性犯罪の残酷さと被害者の泣き寝入りの理不尽さを広く社会に知らしめ、二次被害を招く偏見をなくす起点となるはずのものなのだ。それなしには法律上の厳罰化も絵に描いた餅になる。
詩織さんの登場は、上げにくいところから上がった声だった。もっときちんと取り上げる方法があったのでは。新聞が書かないことは、取るに足りない出来事という印象を与える。詩織さんの声は取りに足らない声なのか。週刊新潮によれば、所轄署は逮捕状をとっていたが、警視庁刑事部長の判断で逮捕が見送られたという。山口氏、ならびにその警視庁刑事部長は官邸と近い人文で、事件が握り潰された可能性を同誌は伝えている。操作のゆがみがあったかなかったか、うやむやにできる問題とは思えない。(記事は東京本社発行の最終版)

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