22日てんでんこ 皇室と震災Ⅱ【10】

朝日新聞2017年7月19日3面:大学生のころから知っていた皇后さまに40年後、お目にかかれるとは。 1995年1月31日の午後。神戸市灘区にある山本第二小学校の校長だった岩本しず子さん(82)は、天皇、皇后両陛下が被災者のお見舞いを終えてバスが門に到着するまでの数分間、門の塀と体育倉庫の間の1メートルほどのすき間で、皇后さまと二人きりになった。
皇后さまは紺色の上着にグレーのスカート姿。雪が降りそうな雲天のもと、薄着で寒そうに見えた。岩本さんは首に巻いていた3本のマフラーのうち1本をはずして「ここは寒うございます。これで寒さをしのいでいただけたら」と差し出した。皇后さまは「いんですよ。私は全身に、自分でつむいだ真綿を羽織っているので、寒くないんですよ」と答えた。防寒対策のため綿入れを着ていらしたのか、それとも遠慮されたのだろうか・・。そこまで会話したところでバスが来た。もう一つ、伝えたかったことがあった。
岩本さんは20歳のころから皇后さまを知っていた。読売新聞主催の成人の日記念感想文”はたちのねがい”で55年1月、聖心女子大2年生だった正田美智子さんが応募4185偏の中から2位に入選した。題は「虫くいのリンゴではない」。英国の小説「テス」の主人公が自身の不幸な生い立ちを「虫食いのリンゴ」にたとえた言葉からの引用だった。
「戦争と戦後の混乱を背景に過ごした私たちの生活は、確かに恵まれたものではありませんでした」と書きつつ、「私の”はたちのねがい”-それは過去の生活から暗い未来を予想するのを止め、未来に明るい夢を託して生きる事です」と希望をつづっていた。新聞に大きく掲載された作文を読み、大学生だった岩本さんは「同い年で、視野が広くてすばらしい文章を書く方がいるんだ」とあこがれ、尊敬していた。その人が皇后さまとなって、40年後に直接お目にかかれるとは。
震災の年の3月末、岩本さんは60歳で教師を定年退職した。精神対話士となって被災した子どもの心のケアに努めた。NPO法人で震災の語り部にもなったが、被災体験を話せるようになるまで3.4年かかった。最初は思い出そうとするたびに頭が真っ白になり、涙が止まらなくなったりした(北野隆一)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る