2月3日てんでんこ 首長たち「3」

朝日新聞2018年1月25日3面:渡辺には信念があった。「土地さえあれば、人間はやっていける」 古里の家を離れ、7回目の年越しだった。福島県大熊町の町長、渡辺利綱(70)は県南端のいわき市の娘宅で、一家10人そろっての新年を迎えた。東京にいる息子から「正月は家族で過ごそう」と言われた。ただ、避難先の会津若松市のアパートは手狭だった。その息子から電話で町長を辞めるように懇願されたのは、1期目の任期が終わりかけていた2011年の秋だ。
「ほかの人に任せたらいいじゃないか。家族のだれもがそう思っている」 東京電力福島第一原発の事故による町民避難に追われ、夜中に目が覚めると朝まで寝つけない父の心労を見かねたのだ。だが、渡辺は直言を受け入れなかった。「いま辞めると、お前はおやじは大事なときに逃げ出したと後々の代まで言われる」
任期満了に伴う町長選は、町民の期間をめざして「町を廃墟にしてはいけない」と訴える渡辺に対し、「町の放射線量は高くて帰りたくても帰れない」と集団移住の検討を公約にした候補が立った。有権者が地元にいない異例の選挙は、渡辺3451票、相手候補2343票という結果だった。再選した渡辺の前に立ちふさがったのは、賠償問題が絡む区域の再編だ。政府は住民の期間を進めるため、立ち入りが原則禁じられた大熊町を、放射線量が非常に高い帰還困難区域と、帰還をめざす居住制限区域に区分しようとしていた。
新しい役場が来春に立つ場所は、居住制限区域に指定された地区で、渡辺の地元だ。当時の町総務課長、鈴木友(65)は振り返る。「賠償金が減ることを嫌がり、どの地区も帰還困難区域の指定を望んだ。『それでは戻れる場所がなくなる』と町長が地元の人たちを必死に説得した」
渡辺の家は、もとは地主だ。農業短大を出て農家を継いだ渡辺が19代目になる。稲作、養蚕、葉タバコを手がけた。父親が病弱で、若いときから「地域のことはお前がやれ」と言われ、青年団活動をし、町議に担がれた。「何百年という単位で、春には共同で田んぼに水路を確保し、田植えや稲刈りでは互いに助け合う、仕事の結があった。その積み上げで、人々が土地を守ってきた」そう語る渡辺には信念があった。土地さえあれば、人間はやっていけるー。(池田拓哉)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る