2月27日 病気の人たちを「わかった気になっていた」

朝日新聞2019年2月21日夕刊15面:取材者、がんになって 元NHKディレクター、1冊につづる 福祉や医療の番組をつくってきたテレビディレクターは、膵臓がんになって何を知ったのか。再再発の宣言を受けた昨年2月から亡くなる11月まで、時間と競うように書いた本「<いのち>とがん 患者となって考えたこと」(岩波新書)が、20日に出版された。ジャーナリストとして正確に伝えようとする意思と、市に向き合って生きる患者としての思いが交錯する。 膵臓がん再再発 筆者の坂井律子さんは昨年11月26日、58歳で亡くなった。NHKで教育、福祉、医療の番組を手がけた。山口放送局長から編成局編成主幹になり、家族の待つ東京に帰ってすぐの2016年5月、膵臓がんとわかった。手ごわいがんだが、意欲を持って、闘病を続けた。
<一週間前、再再発を告げられた>。本は、18年2月20日の記述から始まる。前年暮れ再手術にこぎつけて、職場復帰を検討するところまで回復し、「直前まで、2人で舞い上がっていた」と夫の満さん(58)=会計事務所勤務。ところが検査を受けたら、再再発、多発移転を告げられた。絶頂から底へ。「よく書き始めたと思う」と満さん。<もうあまり時間がないかもしれない><病気になった自分と、伝える仕事をしてきた自分の接点で、いまなし得ることをしてみるべきかもしれない> 坂井さんは自分ががんになって、生きるために必死な情報や、「ほんとうはどうなの?」と知りたいことが、かなり探さなければわからないことに気づき、がくぜんとした。「復帰できたら、そういう情報を届ける番組を手助けをしたい」と話していた。再再発に阻まれてがっかりする坂井さんに、NHKの同期の浅井靖子さん(56)が言った。「伝える仕事は、組織に戻らなくてもできる。家で、一日百字でも書けばいい」
と本の執筆をすすめた。体調のよい日が限られるなか、坂井さんは、治療経過、髪の抜けた方、副作用の味覚障害が出たときに何が食べられるたのかなど、自分が知りたかったことを具体的に書いた。かつて自分は病気や障害を持った人たちを取材して<わかったような気>になっていた、という苦い思いもにじむ。たとえば、点滴の映像。ぽたりと落ちる点滴のイメージカットをよく使った。しかし、それはベッドサイドに立つ人の位置から見た<傍観者の映像>だった。
「死の受容の嘘」 痛みが強くなっていた昨年10月、自宅でレコーダーに吹き込んだ現行の題名は<死の受容の嘘っぽさ>。告知の瞬間から、死は、どうしても、そこにある。明減する光のように。そのことをどう考えればよいのか。。死の受容を説く本を読んだが自分は納得できなかった、と坂井さんは書く。怖くて消えてほしくても死はそこにある。受容できないままでもいいのではないか。<ただ死ぬまで生きればいいんだと思う>。あとがきは、病室で口述して、一人息子の夏生さん(26)が筆記した。タイトルは<生きるための言葉を探して>。完成は11月4日。6日に他の病院の緩和ケア病棟に転院。亡くなる1週間前の19日、表紙の佼成刷りが届いて、<いのち>を最初にすえた書名を確かめ、「やわらかい感じで、いいね」と夏生さんに言った。没後、あとがきにつける三日月の写真を夏生さんが撮影し、新書はできた。(河原理子)

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