2月26日 耕論 「人質司法」いいんですか

朝日新聞2019年2月20日15面:日産自動車前会長のゴーン被告が逮捕されてから、19日で3ヵ月。長期間にわたる身柄拘束は「人質司法」と批判の声も上がる。国内外での議論をきっかけに、人質司法は変わるのか。
保釈ちらつき心が揺れた 鈴木宗男さん 新党大地代表 私は2002年6月、あっせん収賄の容疑で東京地検特捜部に逮捕されました。翌年8月まで、戦後の衆院議員では最長となる437日もの間、東京拘置所の4畳の広さの独房に入れられました。拘置所での生活そものものは、学生時代に住んだ安アパートの3畳の部屋より広いと思えば、それほど苦にはなりませんでした。つからったのは、外部の情報を遮断されたことでした。当初は弁護士以外との接見も禁じられ、新聞や雑誌も読めない。世の中がどうなっているのかかわらない。情報の遮断がこれほどの苦痛とは思いませんでした。
さらに子宮がんの手術をしたばかりで治療中だった元秘書を含め、次々と秘書が逮捕されました。検察は頑固に否認を続ける私を精神的に追い詰めて罪を認めさせる「神経戦」をしかけてきたのです。ある猛暑の日のことでした。担当の検事が「今日も暑いですねえ。独房はクーラーがないから大変でしょう」と言った後、「鈴木先生。バッジを外した方がいいですよ」と言いました。さらに「否認を続ければ、3年か4年はここにいることになりますよ」とたたみけてきました。
私の心はグラグラと揺れました。「罪を認めればこの苦しみから逃れられる」。弁護士から、妻や娘からの励ましの手紙を接見室で見せられて何とか踏みとどまりました。もし、あの時バッジを外していたら、保釈してほしいばかりに検察のシナリオ通りに自白していたかもしれません。土日も含め毎日のように取り調べを受けましたが、9月に政治資金規正法違反などで起訴された後は、ほとんど取り調べがなくなりました。11月に公判が始まってからも保釈は認められず、最終的に保釈されたのは、検察側の証人に対する尋問が終わった後の翌年8月末でした。検事が作文した調書の通りに事件関係者に証言してもらわなければ、事件が崩れてしまいます。私が外に出て様々な情報を発信すると、証人の心が揺れて、調書通りに証言してくれなくことを恐れたから、検察は保釈に反対したのです。後でわかったのですが、証人尋問の前に彼らに想定問答のメモを渡して4日間かけて調書通りに証言する練習をさせたそうです。以前は年1.2回は受けていた人間ドッグを保釈後に2年ぶりに受けたところ、スキル性の胃がんが見つかりました。手術の結果、幸い転移していませんでしたが、保釈がもう数カ月長引いていたら、転移して命はなかったかもしれません。いくら検察が「拘留が必要だ」と主張しても、拘留を決めるのは裁判官です。裁判官には独立の気概を持って検察の暴走を止めてほしいですね。(聞き手・山口栄二)
証拠隠滅に具体的根拠を 高井康行さん 元東京高険険事 日本の刑事司法における拘留期間への批判が妥当かどうかは、起訴前と起訴後に分けて考える必要があります。起訴前の拘留は一つの罪につき最長20日まで。検察官はこの間に、起訴するかどうか決めなければなりません。日本では、検察官に極めて精密な立証が要求されています。背景には、刑事司法に犯罪の全体像の解明を期待する国民感情があります。その上、日本の刑法の条文は「故意」などの要件を多く含みます。外形的な行為は同じでも、「どんな意図だったか」といった主観的な要素によって、罪名や法定刑が大きく異なってくるのです。
内心については、取り調べで時間をかけて聞くほかありません。それを考えれば、最長で20日間という日数は決して長くはないと考えます。起訴前の拘留については、こうした特性を踏まえて議論すべきで、単に日数だけを比較するのは妥当ではありません。一方、起訴後の拘留は改善すべき状況にあります。否認していると保釈が認められにくく、拘留が長期化する傾向にあることは確かです。早期に釈放されるため、罪を犯していなくても、虚偽の自白をせざるを得ない心境に追い込まれる可能性もあります。従来、裁判官は保釈の可否を決める際に「証拠隠滅のおそれ」を抽象的・形式的にとらえがちでした。しかし2006年に、大阪地裁の裁判官が証拠隠滅の有無を判断する際に隠滅の「現実的・具体的な可能性」があるのかを検討すべきだ、とする論考を発表しました。
これを機に少しずつ変化は見えますが、定着しているとは言えません。証拠隠滅が困難な事件でも、否認しているだけで隠滅のおそれがあると判断される傾向は今も残っています。今回、金融商品取引法違反の罪で起訴されたグレッグ・ケリー前代表取締役は、起訴直後に否認のまま保釈されました。報道によると、事実関係にはほとんど争いがなく、争点の大半は、将来の報酬の支払いが確定していたかどうかという評価の問題です。証拠隠滅の現実的な可能性はないと言え、保釈を認めたのは適切だと思います。一方、ゴーン前会長は会社法違反(特別背任)事件でも起訴されました。検察は重要人物とされる海外の実業家の聴収ができていないようです。その実業家と前会長とは懇意とされているので、保釈されれば、実業家と口裏合わせをする具体的なおそれが認められます。現段階で保釈を認めないことはやむを得ないと思います。一連の判断は、06年の論考に沿うものです。この考え方が定着し、否認事件でも早期に保釈が認められるようになることを期待しています。(聞き手・久保田一道)
裁判官は弊害を実感して 原田国男さん 元東京高裁部総括判事 東京高裁判事時代の8年間で逆転無罪判決を20件以上も出すなど、事実認定についてはかなり厳しい姿勢で臨んだ自信があります。でも被告人の身柄拘束の問題については他の裁判官と同じ感覚でした。保釈して被告人が逃亡したり、証拠隠滅されたりすれば、事件そのものがつぶれてしまいます。そうした事態は避けたいという意識が、一般の裁判官には強いのです。しかし退官後、弁護士として脱税で起訴された元夫婦の弁護を担当し、それは間違いだったと気づきました。起訴内容を否認した元夫婦は、後半開始前に検察側、弁護側の双方が争点を整理する「公判前整理手続」が終わるまで、2年3カ月も拘留されたのです。拘置所に面会に行くたびに「ひどすぎる」と思いました。仮に有罪になった場合の刑期の半分以上も身柄拘束されるのです。有罪が無罪かわからない段階で、刑罰を先取りしているようなものです。
この事件の一審の東京地裁は無罪判決でした。言い渡しの際、裁判長は「長期の拘束は裁判所として反省する」と述べましたが、検察の控訴により裁判は続いています。本来、公判前整理手続は公判の迅速化、効率化のために裁判所に協力する制度です。それが、かえって拘留の長期化を招いてしまうというのは理不尽です。以来、私は人質司法を変えたいと考えるようになりました。人質司法の状況は続いています。それでも痴漢事件や軽い暴行事件など、比較的軽微な事件を中心に近年、保釈率や拘留却下率が上がる傾向にあることも事実です。理由の一つに、最高裁が被告人の身柄拘束に慎重な姿勢を示していることがあります。2014年11月、地裁の保釈許可決定を取り消して保釈請求を棄却した最高裁決定を、最高裁が取り消しました。こうした決定を相次いで出したことの現場への影響は非常に大きいと思います。最近の刑事事件では、被疑者が黙秘権を行使するケースが増えており、自白依存の捜査が難しくなっていることが背景として挙げられます。自白を取るため長期間身柄拘束することに、合理性がなくなりつつあるのです。
人質司法をなくすには、最高裁が身柄拘束に慎重であるべきだというメッセージをもっと出すべきだと思います。また、長期拘留の弊害を裁判官に実感してもらうことも必要です。現在は一部の裁判官に限られている弁護士経験の研修をもっと広げて、若い裁判官すべてが経験できるようにすればいいと思います。そうすれば、長期間の拘留がいかに理不尽かを実感できるでしょう。ゴーン前会長の件を契機に人質司法の問題への関心が高まることを期待しています。(聞き手・山口栄二)

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