2月23日 原発事故「健康調査不要」背景は

東京新聞2019年2月18日20面:結論ありきまん延 国の主要機関 危機感なし 東京電力福島第一原発事故という世界に類を見ない災害で、国が健康調査をしないのはなぜか。長く抱いていた疑問の答えの一端が分かった。発生から1カ月半で、調査の担い手となりうる放射線医学総合研究所(放医研)の幹部が「不要」と、政権中枢に進言していたのだ。放医研の独断ではないだろう。内部文書には、国の他の主要機関が早々と「放射線被害は出ない」と判断したことが記されていた。被ばくの程度も影響も十分調べようとせず、結論を出したわけか。(榊原崇仁)
「僕の意志で政治家に会いに行くことはない。自分で行きたいとは全く思わない。誰かが来いと言ったんじゃないか」。放医研の理事だった明石真言氏は振り返る。2011年4月26日に、当時官房長官だった福山哲郎氏と面会した時のことだ。明石氏は「疫学調査は必要性が薄い」と進言したが、経過は複雑だったようだ。
疫学調査とは、甲状腺がんなどの病気の数や分布を調べる作業のこと。分かりやすく言えば、健康調査のことだ。それが不要というのは重い。明石氏は自分の意志で伝えに行ったのではないという。呼んだのは誰なのか。明石氏は具体的な名を挙げなかった。最初に思いつくのは福山氏。ところが情報開示請求で入手した面会記録を見ると、福山氏は「大切なことなので進めてほしい」と返していた。調査を望んでいたと取れる。不要のお墨付きを得ようと明石氏を呼び出した、のではなさそうだ。このころ、被ばくを巡ってどんな状況があったのか。進言に先立つ4月上旬には、既に報じた通り、経済産業省が国会答弁用の資料で「放射線量が増加し始めた頃には避難完了」と記し、同省中心の原子力被災者生活支援チームも「避難者は健康上問題無い」と評価した文章をまとめていた。チームには文科、厚労の両省も人を出していた。情報開示請求で得た文書をさらに読み解くとい、こんなことも分かった。
進言から10日ほど後の5月上旬には、放医研が「住民は障害の発生する線量を受けていないと推定される」と記した文章を作成していた。同じころ、文科省の副大臣だった鈴木寛氏への説明で「住民への放射線影響は科学的には問とならない程度」と伝えられていた。ともに避難者に限定せず、広く住民ということだった。つまり、進言の前後、事故対応の中核だった経産省、医療対応を担う文科、厚労の両省と放医研の間では、住民の放射線被害について、「結論ありき」がまん延していたようだ。情報開示文章や明石氏の記憶によると、福山氏と面会した際、この三省の関係者も同席していた。当時の肩書で言えば、経産省技術統括審議官の西本淳哉氏、文科省災害対策センター医療班長の伊藤宗太郎氏、厚労省厚生課長の塚原太郎氏だ。明石氏の言葉を三省の誰かが遮ったという記述は、開示文書になかった。話を総合すると、誰かの求めでこの場に来た明石氏は「調査は必要性が薄い」と訴え、官僚は誰も遮らなかった一方で福山氏が戸惑った、ということになる。何のための進言だったのか、進言したのがなぜ明石氏だったのか、判然としないが、少なくとも言えそうなのは国の主要機関が当時、被ばくの影響を深刻に考えず、病気の数や分布を調べる意思が乏しかったことだ。こんな状況なら国として健康調査を行う流れにならないだろう。
同日21面:「50㍉シーベルトでもリスク」突然却下 「行政的圧力に寄り倒された」 そもそも健康調査が不要とまで言えたのか。国の公表資料や明石氏らの説明によれば、甲状腺の内部被ばくで100㍉シーベルトを、がんが増える目安にしていた。国が11年3月下旬に行った測定ではそこに達する子どもがいなかったため、「被ばく線量は小さい」「健康調査を行うまでもない」と判断されてきたようだ。しかし、国の測定は、対象地域が原発から遠い30㌔圏外で、調べたのも180人だけ。地域的に偏りがあり、数が少ない。被ばくの全容は分からない。そもそも100㍉シーベルトも注意が必要。福島県が行っている健康調査に携わる国際医療福祉大の鈴木元・教授が重要な指摘をしている。時は2001年1月までさかのぼる。長く勤めた放医研を離れ、原爆放射線の影響を調べる「放射線影響研究所」にいた鈴木氏は、原子力委員会(原安委)の会合で「チェルノブイリでは50㍉シーベルトの甲状腺被ばくでもがんが増えたと言われる」と紹介する文書を示した。
鈴木氏は「ピーター。ヤコブというドイツ人の研究者がいて、学術雑誌の『ネイチャー』なんかで現地の話を書き、50㍉シーベルトでもリスクがあると分析していたから」と振り返る。01年は茨城県東海村の臨界事故の翌々年。防災体制の見直しが進んでいた。原安委の会合では、甲状腺被ばくを抑える安定ヨウ素剤の服用基準を議論していた。鈴木氏は「がんは50㍉シーベルトでも増える」と考え、この値になりそうな場合は服用するという手順を提案しようとしていた。
公表資料によいると、原安委は01年8月、本格的に服用基準を協議する「ヨウ素剤検討会」を始めた。委員の鈴木氏は、米国で「50㍉シーベルトで服用」を採用する動きがあると説明。年末に事務局が示した提言案に50㍉シーベルトが盛り込まれた。しかし2週間後にあった上部会合の被ばく医療文科会で突然、服用基準から50㍉シーベルトが削除され、100㍉シーベルトになった。屋内退避基準の下限と同じ値だった。鈴木氏は反発したが、そのまま02年4月に提言はまとめられ、国の指針に反映された。ただ、同時期にあった原安委の別会合の議事録を見ると、ヨウ素剤検討会に名を連ねた前川和彦・東京大名誉教授が一連の経過に触れ、「行政的な圧力に寄り倒された」と述べたことが記されていた。「よう分からん。科学者が関わる話じゃない」。何があったか鈴木氏に聞くと、こう述べるだけだった。
ちなみにヨウ素剤検討会の主査は長崎大の山下俊一教授だった。福島原発事故からまもない11年3月下旬、専門家に「避難指示区域内の被ばくは考慮すべきだ」と見解を示した一方、一般向けの講演で「放射線の影響はニコニコ笑う人に来ない」と話した人物だ。ヨウ素剤の服用基準は、がんが増えうる目安としても使われた。ただ、実は12年3月、原安委は国際的な動向を踏まえ「服用基準は50㍉シーベルトが適当」と記した文章をまとめていた。後続組織として同年9月にできた原子力規制委員会は国の指針にそう書き込んでいない。甲状腺被ばく線量で服用基準を記さず「規制委が必要性を判断」などとなっている。がんの判断基準を曖昧にしたいのだろうか。鈴木氏は規制委の会合でも「がんは50㍉シーベルトでも増える」と訴えてきた。微妙な成果が、事務方のまとめた文章の目に付きにくい場所に残されている。具体的には、ヨウ素剤服用の解説書にある付属資料。甲状腺がんの用語説明として、こう記される。「甲状腺等価線量で50~100㍉シーベルト以上の場合、がんが発生する可能性がある」
デスクメモ 目に見えない放射線が住民を不安にさせていた原発事故直後、研究者や官僚が交わしていた驚くべき会話。何事も調べてみなければ分からないという、市民の常識は通じないのか。ろくに調査せず幕引きを急ぐ姿勢は、先日の統計不正の検証にも重なる。歴史は繰り返しているのか。

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