2月20日 見張り塔から 専修大教授・山田健太さん

東京新聞2018年2月13日4面:政治家報道の免責拡大を 週刊誌を中心に、政治家を含む有名人の不倫報道が続く。一方で”線香疑惑”も含め、政治犯罪の初報も週刊誌であることが少なくない。しかし前者が、当事者から訴えられる可能性が低いのに対し、権力悪を暴くような記事は、名誉棄損で訴えられる危険性と隣り合わせで、過去に『FOCUS』や『噂の真相』が事実上廃刊したのも、こうした訴訟リスクを無縁ではない。そうした意味で、政治家の疑惑報道が少ないのは、法的に「守られている」側面が拭えないのであって、報道機関をすぐ訴えるのも、日本の政治家の特徴だからだ。
名誉棄損法制は、歴史的には偽政者批判を取り締まるためのものだった。いまはやりの明治維新の新政府も、自らの地位安泰のために天皇・政治家・高級官僚への批判を封じ込めるための讒謗律(ざんぼうりつ)を制定していた。逆に言えば、表現の自由は、こうした公権力に対する批判拡大の歴史であって、日本でも元憲法制定とともに、刑法の名誉棄損罪を改正し、表現の自由の領域を一気に拡大した。その方法はおおうおそ世界共通で、社会的評価を低下させるなど形式的には名誉棄損が成立する場合でも、その報道内容が事実であり、公憤に基づくものであれば罪には問わないことにしている。
いわゆる免責要件と言われるもので、刑法の名誉棄損罪の追加条文として公共性・公益性・真実性が明記された。当然のことながら、政治家の汚職は明らかに公益・公共性があるが、有名人の不倫が公共の関心事かどうか疑わしい面は残るだろう。一方で、不倫の現場写真はわかりやすいが、政治家の口利きやご意向の証拠を示すことは極めて難しい。結果として、政治犯罪の真実性証明が難しく、せっかくの自由拡大の仕掛けを生かしづらい状況を生んでいる。
そこで裁判の積み重ねの中で、「真実相当性」と呼ばれる考え方が採用され、合理的に推測できる証拠がそろっていれば真実性があると認めることになっている。しかし権力犯罪では、取材段階では証言をしてくれた内部告発者が、裁判の法廷に引っ張り出されると証言を覆すなどの事例もあり、一筋縄ではいかないのが実態だ。こうした状況を打破するものとして、米国などいくつかの国では、さらなる工夫がなされている。それは政治家の場合、報道が事実でないことを自身が証明しなくてはいけないとしたり(立証責任の転換)、悪意がなく書かれたものは真実であるとみなす(現実的悪意の基準)といったことが行われ、これによって政治家報道が事実上、名誉棄損の危険から解放されている。日本では全く逆に、こうしたルールがないことを理由に、国会で「悪魔の証明はできない」と自らの疑いをはねのける事態が横行している。こうした一部政治家の悪弊を退けるためにも、海外に倣い一層の政治家批判の自由拡大を、制度的に認める時期にきているのではないか。


名誉棄損法制を巡るトピックス 
1947年 日本国憲法制定に伴い、刑法230条の名誉棄損罪の追加条文として、免責要件を規定
1966年 新聞の選挙候補者記事を巡る名誉棄損訴訟で、最高裁は「その事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとき」と真実相当性を認め、真実性証明の範囲を拡大
1981年 月刊ペン事件で池田大作創価学会会長の公人性を裁判所が容認、公共性範囲が拡大
1986年 北方ジャーナル事件で名誉棄損を理由とする事前差し止めを最高裁が容認
2001年ころ 最高裁が名誉棄損訴訟の傷害賠償額の引き上げを指示。これを受け、従来は5万~50万だった賠償額が一気に100万~500万円超に高騰。賠償額計算のための点数表の最上位に政治家を位置づけ
1990年代から2002年ごろまでロス疑惑事件報道で新聞・通信・放送・雑誌等のマスメディア各社の敗訴が相次ぐ
2001年 写真週刊誌『FOCUS』が損害賠償額高騰などを理由に事実上廃刊
2002年 自民党が政治家への執拗(しつよう)な取材や報道を制限するための人権保護法案を上程
2005年ころ 高額の損害賠償請求により執筆者を威嚇するスラップ訴訟が問題化
2016年 首相が自身の疑惑に対し「ないことを証明すること(悪魔の証明)はできない」と反論

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