2月19日 見張り塔から メディアの今 専修大教授・山田健太さん

東京新聞2019年2月14日4面:消える成人雑誌 国内大手コンビニエンスストアあから「成人雑誌」が消えることになりそうだ。オリンピックを旗印にした健全化の波は、すべてをのみ込んでさしたる議論も起きていない。コンビニとしては、かつては店舗の呼び水であった雑誌は大切な商品であったが、紙媒体の低迷の中で売り上げは落ち込み、成人雑誌に限らず出版物は、できれば早く棚から外したいモノの一つということなのだろう。本音は、雑誌コーナーの代わりにイートインを、なのではないか。一方で、出版・取次側も、いまや6万店に近い全国のコンビニに、きちんと定期刊行物を届ける作業は並大抵のことではない。こうした「空気」もあって、成人雑誌の撤去は街から雑誌が消える終わりの始まりともいえるかもしれない。
多くの国で、猥褻物は違法な表現行為として取り締まりの対象だ。日本でも公序良俗の維持といった観点から、刑法一七五条で刑事罰が科される。同時に青少年に対する表現規制が合法化されてきた。よく知られる少年犯罪の加害者の匿名報道は、当人の社会復帰のための社会的温情で、少年の保護を図ったものだ。一方で有害とか不健全とかいった名称で名指しされるポルノ・暴力系の表現物から未成年を遠ざけることが、大人の役割として古くから社会ルール化されてきている。
ただし前者の客体規制については罰則を設けないことで表現の自由とバランスを図り、いざという場合は表現者の良識に任せて、あえて法を破ることを社会的に認めてきた経緯がある(もちろん、そうした実名・顔写真が社会的ハレーションを起こすこともある)。一方で後者の主体規制は、内容中立性と呼ばれる、「時・所・方法」による流通規制に限定し、発行そのものを規制しないことで自由とのバランスをとってきた。同時に雑誌や書籍であれば、出版社側と販売店側が相談のうえ、ゾーニングといわれる区分陳列(コンビニの成人雑誌コーナーものその一つ)や、中身が見えないようなビニール包装やシール留めといった工夫で流通を自主的に制限し、青少年の保護を図ってきた。昨今では同時に、「見たくない人の自由」を守るという観点も加わっている。
こうしたなかで、コンビニ側が出版物の中身に踏み込んで、販売を取りやめるというのは、従来とは異なる新たな領域だ。これは、情報伝達者が表現内容を理由に、情報の流れを堰き止めることを意味するからだ。「低位な表現」物だからといったん容認された規制は、歯止めなく広がる危険性があり、それは結果として市民の知る権利を奪うことになりかねない。しかもこうした動きがこれまで、横浜市・堺市・千葉市・東京都などの「行政主導」で進んできたことに危うさを覚える。一方、内容規制を自ら行うことで責任を負うことになった販売者が、これまでは免除されていた表現内容に関する法的責任を負わなければならなくなる事態も生まれよう。たかが「有害」図書規制ではない、表現物の自由な流通にとって大きな問題をはらんでいる。

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

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