2月19日 寂聴 残された日々 44二月の鬱

朝日新聞2019年2月14日26面:急逝した甥のこと 二月という月は、私にとっていつからか凶の月になっていた。はじめて家庭を捨て、着の身着のまま歩きだしたのも二月だった。仕事盛りに、突然くも膜下出血で倒れたのも、二月の寒い朝であった。おととし、心臓と両脚の血管が詰まって病院に運ばれたのも、例年にない寒い二月であった。思いかえせば、男とのぐたぐたした別れ話も、なぜか二月にくり返す。それでも思いの他の長命で、私は満九十六歳になっている。昔流の数え年なら、この正月で九十八歳ということだろうか。仕事仲間の間では、私が最も長命であろう。
それでも毎月こんな原稿をいくつか、書かせてもらっているし、今年などは、正月号の文芸雑誌二冊に連載小説と短編小説を書かせてもらっている。よくも引き受けると呆れられるが、こうなれば、さきのことなど考えていない。今夜死んでも当然なのだから、息のある間に、せいぜい生のとまる瞬間まで書く態勢を維持しようと思っている。つまり生まれつきが呑気なのだろう。多くもない身内で、私と最も気質が似て、更に呑気なのが、甥の敬治であった。根性が明るくとぼけているのは私に似ているが、私の勤勉さは全くなくて、遊ぶ名人であった。ゴルフなどは町一番の腕前とかで、何度もホールインワンをして、その度、お茶屋の女将やバーのママが、お祝いにやってくる。仏具屋の店を守っている彼の母、つまり私の姉が、その度真っ赤になっていきりたち、「何がめだたいのですか。私と嫁が必死になって店を守っているから、売れなくなった仏壇屋が何とかやっていけているんです。穴の中にボールが入ったくらいで、お祝いなどもっての他。帰って下さい!」 とわめくので、祝いにきた彼女たちは恐れて飛んで帰る途中で、その話を人々に話すので、町じゅうの笑い話になる。ところが、背が低くて、デブで、禿げていて、女にもてることは奇跡的なのである。女一人に私は直接、そのわけを聞きたことがある。彼女曰く「あんな優しいあたたかい男他に知りません。あの笑顔を見ただけで、心がふうっとあたたこうなります」と言う。たしかに、私も彼と話すと、すぐ笑いだしているし、心があたたかくなっている。
勉強はちっとも出来なかったが、小説はよく読み、ラブレターは天下の文豪の小説をうつすので、どんな美女でも陥落させる。私は彼とバカ話をするだけで、疲れがとれ、声をあげて笑いだすのだった。私の葬式の時は、一世一代の挨拶をするから安心しろと言っていたのに、この一月三十一日に急逝してしまい、二月二日が葬式だった。死に顔は美しく、別人のようであった。「約束がちがうよ、敬ちゃん」と、私は文句を言いながら、数え年なら九十八の自分の長寿がつくづくのろわしくなるのだった。そういえば彼の母、私のたった一人の姉の死も、二月の雪の舞う二十八日であった。

 

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