2月12日てんでんこ 首長たち「10」

朝日新聞2018年2月3日3面:「復興には夢が必要だ」。「奇跡の一本松」の保存を強気で押し切った。 国の名勝、高田松原に7万本あったマツのうち、東日本大震災の津波に唯一耐えた「奇跡の一本松」。がれきのなかに凛として立つ高さ27メートルの木は、被災地再生のシンボルとして多くの被災者を励ました。だが、根が塩水につかるなどして衰弱が進み、2012年5月には枯死した。一本松を保存するかどうか。決断を迫られた地元の岩手県陸前高田市長、戸羽太(53)は12年7月、「象徴的なものがないと陸前高田が忘れられる」とモニュメントとしての保存を早々と決めた。
幹を分割し中心をくりぬいて炭素繊維強化樹脂の心棒を入れる。保存にかかる費用は1億5千万円。財源は寄付金でまかなうことにして、フェイスブックなどで呼びかけた。ところが、多額の費用と保存方法をめぐり市には連日、電話やメールで批判が相次いだ。「死んだ木に税金を投入するのか」「そんなことに使うために寄付したのではない」。生活再建半ばの被災者からも「そんな金あったらおれにくれ」と迫られた。
それでも戸羽は譲らなかった。一本松のおかけで市の知名度は上がった。保存に税金は一切使わない。市民の励ましにもなる。そう繰り返し説明した。「文句を言われても5年後、10年後には評価されるものはやるべきだ」。強気で押し切った。戸羽はもともと「よそもの」だ。東京で育ち、米国留学を経て東京都内でコンピュータープログラマーとして働いた。かつて岩手県議だった父の地元である陸前高田市に移り住み、30歳で市議となった。
10代のころ、矢沢永吉の自伝「成りあがり」に影響を受けてロックミュージシャンを目指した。決断のときには「可能性のあることはチャレンジする」ことが身上だ。震災は市長に就任して1ヵ月後。自身は市役所の屋上で助かった。だが、妻の久美(当時38)を津波で失い、自宅も流された。市民の死者・行方不明者は1760人。全世帯の約半数の約4千戸が全半壊した。がれきだらけの街を震災前より良くしなければ犠牲者が浮かばれない。薄れゆく陸前高田への関心をつなぎとめ、ピンチをチャンスに変えたい。戸羽の復興のスタンスは固まった。「復興には夢が必要だ」(渡辺洋介)

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