2日 戦争と味

朝日新聞2017年7月31日21面:いつも空腹 分け合って一口ずつ 1945年。10歳だった宇佐美てつ子さん(82)は千葉県船橋市に住んでいた。白い米のご飯はなかなか食べれられず、麦などを炊き込んだり、豆腐屋でもらってきたおからをわずかな米と一緒に炊いておかゆにしたりした。「おからばかりのびしゃびしゃのおかゆで、おいしくありませんでした」と振り返る。
2月下旬、自宅に焼夷弾が落ちた。家族全員が避難していて無事だったが、焼け出された宇佐美さん一家は自宅の敷地内にあった防空壕で生活することになった。3月10日未明。その晩は、家族みんなが起きていた。外を見てきた母が「西の空が真っ赤よ」と言いながら戻ってきた。朝焼けなら東の空が明るくなるはずなのに、なぜ西の空なの? なんなで不思議がった。朝になり、東京大空襲だと知った。
西の方からたくさんの人が逃げてきた。足を引きずる人。けがをして家族に支えられながらなんとか歩く人。しばらくして、男性が宇佐美さん宅にやってきた。「何か食べるものはありまsねんか」。そう言うと、男性はしゃがみ込んでしまった。母が男性に乾パンを手渡すのを見て「大事な食料をあげちゃって大丈夫かな」と、子ども心に心配になった。
その後、母たち婦人会の女性が集まっておにぎりを作り、逃げてくる人に配ることに。大切な米を持ち寄って作った、普段見ることのないおにぎり。近所の子ども7,8人と物欲しそうに見ていると、おにぎりを作っていた女性が「仲良く分けて」と最後の一つを差し出した。
男の子が受け取り、人数分に分けた。ご飯だけだ! 真っ白だ! この一口に何粒あるだろうなー。 一口分のおにぎりに、胸が高鳴った。口に入れるとほんのり塩気を感じた。のみ込んでしまうのが惜しくて、口に中でしばらく転がした。
「おいしいというよりも、もったいなかった。誰も何も言わず、目で『おいしいね』と伝え合いました。いの人は驚くでいしょうね。『おにぎりがそんなに大切だったの』って」。 子どもがいつもおなかをすかしているような悲しい世の中には二度としてはいけないと、強く思っている。(沼田千賀子)
マンガ「思い出食堂」収録 この記事はマンガ化され、少年画報社発行の「思い出食堂NO35 憧れのオムライス偏」に「おにぎり」のタイトルで掲載されます。31日発売。定価429円(税抜き)。

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