16日てんでんこ 皇室と震災Ⅱ【7】

朝日新聞2017年7月13日3面:国会開会式のお言葉に「もっと踏み込めないのか」と閣僚から注文が相次いだ。 天皇、皇后両陛下は1995年1月17日、午前6時半のニュースで、その日早朝に近畿地方で大地震があったことを知った。テレビ報道や午前10時すぎから続々と入り始めた警察情報で、被害の状況がしだいに明らかになった。当初は死者74人、負傷者222人。両陛下は1月20日から予定していた葉山御用邸行きや、2月末までの展覧会や音楽会などの鑑賞を中止するよう指示した。
当時の八木貞二侍従が月刊「文芸春秋」95年4月号に寄せた手記「阪神・淡路大震災 両陛下の十五日間」などによると、正午少し前、陛下は山本悟侍従長を通じ、貝原俊民兵庫県知事に犠牲者への弔意、負傷者・被災者へのお見舞いと、災害対策にあたる関係者への励ましを電話で伝えるよう指示した。しかし電話がつながらず、県庁に連絡できたのは午後3時半ごろだった。
陛下は午後5時に藤森昭一宮内庁長官を呼んだ。被災地訪問の心の準備はあるが、交通網が寸断されているらしいので、道路は救助、救護活動や行政方針確立のため現地を視察する為政者を優先すべきだ、と伝えた。翌日も長官を呼び、20日の国会開会式のおことばで震災に触れるべきか尋ねた。憲法で天皇は「象徴」であり「国政に関する権能を有しない」。それを意識してのものだ。
宮内庁と内閣で検討し、おことばに「今次の地震による被害は、きわめて甚大であり、その速やかな救済と復興は、現下の急務であります」の一文字が加えられた。閣議では地震への言及が少ないとして、「もっと踏み込んだ発言はできないか」との注文が閣僚から相次いだが、原案通り決定した。
これとは別に、震災3日目の1月19日午後7時、宮内庁を通じて以下のおことばが発表された。「このたび地震により、3千人を超す人命が失われ、多くの人々が堪えがたい苦しみを味わっていることに深く心を痛めています。不幸にして亡くなった人々の遺族に対し、心から哀悼の意を表し、多数の負傷者の一日も早い回復を祈っています」
一方、兵庫県からは「1月中の訪問を希望する」と伝えられ、被災地訪問に向けた検討が23日ごろから本格化した。両陛下は23日に日本赤十字社の山本正淑社長に会い、心身が傷ついた被災者らのケアを先長く考えてほしいと伝えた。(北野隆一)

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