12月8日てんでんこ 皇室と震災Ⅲ【20】

朝日新聞2017年12月2日3面:夫は津波で帰らぬ人に。どん底を乗り越え、国体の選手を迎えることができた。 天皇、皇后両陛下はときに、災害の被災地に寄せる思いを歌で表現してきた。 壊れたる建物の散る島の浜物焼く煙立ちて悲しき 1993年7月に発生した北海道南西沖地震で大きな被害を受けた奥尻島について、天皇陛下が詠んだ歌だ。この歌を刻んだ歌碑は今、奥尻島南端にある青苗岬の海を見渡せる小さな丘の上に立っている。
今年1月、宮内庁が発表した天皇陛下の歌の中にも、被災地を思う歌があった。 大いなる災害受けし岩手県に人ら集ひて国体開く 2016年秋、東日本大震災の被災地、岩手県で開かれた国民体育大会の様子を詠んだ。今春、会場となった北上市の北上総合運動公園にこの歌の歌碑もできた。
碑には、同県大船渡市の青石が使われた。揮毫(きごう)を手がけたのは、同県陸前高田市に住む書家、伊藤沙舟(いとうさしゅう)本名・美江子さん(59)。伊藤さんは6年前、自宅のあった同市気仙町で、民生委員だった夫、幸則さん(当時54)を亡くした。幸則さんはいったんは避難したものの、普段から見回っていたお年寄りを案じて自宅周辺に戻り、帰らぬ人となった。
売並みに追いかけられ、先に避難した人たちが「早く早く」と叫ぶな中、義母と高台を目指した。遺体安置所では、並べられた亡がらの中で夫を探した。「私たち、あの時地獄にいたんだね」と振り返る。16年10月1日。北上市に両陛下を迎え、国体が開幕した。全国から選手団が集まった。被災地はしばらく、笑顔の人を見ると「どうして笑えるの」「何が楽しいの」と思った。そんなどん底を乗り越えて、笑顔で選手たちを迎えることができた。全国からの支援を受け、復興に向けて歩き始めている。人ら集ひてーの歌に触れたとき、「陛下も同じ気持ちでいてくださったのだと思った」。
同じ年始に発表された陛下の歌の中に、熊本地震の被災者についての歌もあった。 幼子の静かに持ち来し折り紙のゆりの花手に避難所を出づ
16年5月に熊本県の避難所を訪れたときに、女の子から折り紙のユリの花束を手渡され時のことを詠んだ。この折り紙は今も両陛下の手元で飾られているという。(中田絢子)

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