12月6日 平成とは 原発が爆発した「7」

朝日新聞2018年11月30日夕刊14面:ベビーカーは使わない 時計の針を24年前に戻す。東京電力に4カ月しか勤めず、朝日新聞に転職したとき、両親に「お前は正気か。あんな立派な会社をなぜ辞める」と責められた。父はそれがきっかけで一時うつ状態になった。予定していた私の結婚式は、半年ずれた。原発事故から2カ月後の2011年5月。今度は母の反対を無視し、自ら望んで名古屋から福島に転勤した。
正式な着任を2日後に控えた8日夜。JR福祉駅に着いた。飲食店が軒を連ねる駅前の繁華街に、ひと気はなかった。そこを抜け福島総局へ向かった。総局長から、小型の線量計を渡された。不要な外出は控え、半月ごとに放射線の被曝量を報告するよう言われた。福島県第一原発から60㌔北西にある。総局の周辺の放射線量は、年換算で5~10㍉シーベルト。原発事故で避難指示が出た区域(年20㍉超)ほどではない。ただ、市内でも山林や湿地など放射性セシウムがたまりやすい場所では、年20㍉近くあった。
内部被曝を防ぐため児童・生徒は登下校時にマスクを着けた。乳幼児がいる母親は、ベビーカーを手に持って子どもを抱くか背負うかした。屋外では、線量が高い地面から我が子を遠ざけるためだ。不安や心労がたまる。耐えきれず、福島県を去る人が相次いだ。夏休み明けの9月を過ぎても増え続け、11月には6万人を超えた。
私が取材の拠点にした県庁では、農林水産部が連日、記者会見を開いた。県内のどこかの地域の何かしらの野菜や肉、魚などから基準を超える放射性物質が検出され、「出荷停止」になった。安全確認ずみでも「福島産」は嫌われた。とりわけ学校給食ではNGだ。「福島産は不使用」とアピールする外食チェーンも出てきた。原発事故の犠牲者のはずの農家に冷たい目が向けられた。そして、あの悲劇が起きた。(編集委員・大月規義)

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