12月5日てんでんこ 皇室と震災Ⅲ【18】

朝日新聞2017年11月30日3面:被災地を心配する両陛下。被災者に希望を与えるも、知事は逆に心配になった。
2011年9月、台風12号による集中豪雨により紀伊半島の各地で土砂崩れなどが起きた。和歌山、三重、奈良の3県で計88人が死亡・行方不明となる大災害になった。このうち61人は和歌山県内での被害だった。山の斜面が岩盤ごと崩れる「深層崩壊」が起きて被害が拡大し、那智勝浦町や田辺市などで住宅1993棟が全半壊した。
その4年後の15年9月25日、天皇、皇后両陛下は和歌山県田辺市の施設を訪れ、身内を無くした被災者6人と懇談した。那智勝浦町井関の岩渕千鶴さん(77)は皇后さまから「どちらからですか」と尋ねられ、「熊野那智大社のそばなんです。孫と夫を亡くしました」と答えた。
すると、「野球をされていた男の子ですよね。新聞で読みました」と言われた。びっくりした。「細かく調べて下さったんやな」岩渕さんの自宅を土石流が襲ったのは、11年9月4日未明だった。玄関のドアから鉄砲水が入ってきた。「カーテンにつかまっていなよ」と心配してくれた中学3年の孫、紘明(ひろあき)君(当時15)が目の前で流された。
夫の三邦さん(同76)はほとんど眠れなくなり、約1カ月後、復興作業から帰宅中に倒れて亡くなった。災害関連死と認定された。そんな岩渕さんに町から両陛下との面談の打診があったのは15年夏だった。「私なんかが」とも思ったが、受けることにした。9月25日の面談後、家に帰ってから孫と夫に「天皇さまと皇后さまが心配してくれたんや。私も頑張らなくちゃ」と報告した。「長生きせななあ」と思った。
両陛陛下は被災者と懇談する直前、仁坂吉伸・和歌山県知事(67)から被災状況の説明を聞いた。天皇陛下は科学者らしく、「紀伊半島大水害は深層崩壊だったんですね。防ぐ手立てはないのでしょうか」と尋ねたという。
仁坂知事は被災1カ月後にも皇居に呼ばれ、両陛陛下に状況を説明していた。天皇陛下は「ものすごくお疲れでしょう」と、災害対応にあたる職員らの体調を心配していた。翌年10月25日の園遊会に招かれた際に「みんな元気でおります。これからは観光などに頑張って参ります」と伝えたが、陛下は「それでも心配です」と気遣った。「陛下はお祈りの人。心配し続けて体調を崩してしまうのではないか」と逆に心配になった。(緒方雄大)

 

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