12月4日 平成とは原発が爆発した「5」

朝日新聞2018年11月28日夕刊8面:転勤に敵前逃亡の思い 東日本大震災では原発だけでなく、火力や水力発電所も大きな被害を受け、停止した。首都圏は深刻な電力不足に陥った。JRや地下鉄は間引き運転を余儀なくされ、通勤、通学の時間帯には改札外にも人があふれた。工場はフル稼働できず、スーパーもコンビニも節電で薄暗い。
3月14日、関東の一部で1時間余りの「計画停電」が実施された。翌日、東京電力福島第一原発では3度目の水素爆発が起きた。放射能は首都圏にも広がる。3月23日、東京都葛飾区の金町浄水場から、安全基準を超える放射性ヨウ素が検出された。「こりゃだめだ」経済産業省の記者クラブのテレビでニュース速報を見て、思わず口走った。被爆の危険性を感じたのではなく、空しさに包まれた。その1週間前、自衛隊のヘリが3号機の上空からバケツで水を注いだ。原子炉の「冷却」が狙いだ。東京消防庁も放水した。相手は1千度超の核燃料だ。どこまで効果があるのか。とはいえ、ほかに何ができるのか分からない。当時、注水作戦について朝日新聞の1面にこんなコメントが載った。冷やすだけでなく、大気中の放射性物質を地上に洗い落とすことも期待できるー。私が卒業した原子力工学科の恩師の見解だった。そこに、汚染拡大の一報が届いた。「先生、いよいよ『チェルノブイリ』になりそうです」と思った。幼い子どもがいる家庭が西日本へ避難する動きが出始めた。「母子避難」との言葉も使われた。
一方、我が家。中1の長男と妻を東京においたまま、私が去らなければならない事情があった。4月1日付の名古屋本社への移動が、2月に決まっていたのだ。3月30日夕、薄暗い品川駅の新幹線ホーム。原発事故の2日前、送別会をしてくれた同僚を思い出した。お礼メールを書き、心境を伝えた。「敵前逃亡のようで重い気分です」
(編集委員・大月規義)

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