12月3日てんでんこ 皇室と震災Ⅲ【16】

朝日新聞2017年11月28日3面:避難生活が長くなり、苦しむ島民たち。声をかける姿に勇気づけられた。 朝日とともに、色とりどりの鳥が集まってくる。国の天然記念物のアカコッコ、島で独自に進化したとされるオーストンヤマガラシ。観測された野鳥は約260種。東京都の三宅島が「野鳥の楽園」と称されるゆえんだ。
この島を天皇、皇后両陛下の長女、紀宮さま(黒田清子さん)は2度訪れている。バードウォッチングが趣味で、庭に野鳥が集まる民宿、新鼻荘(にっぱなそう)で観察を楽しんだ。「慣れない土地で親子離れて暮らすことの心細さ、先々の見えない不安を抱えながら過ごしておられることを思いますと、胸が痛みます」。島民たちが噴火で全島避難した後の2000年9月、会見でそう語った。
避難は長期化した。平野祐康(すけやす)さん(69)が三宅村長選で初当選した04年2月には約3年半がたっていた。「村民の多くは半年ほどで帰島できると思っていた。長くなるにつれ、経済的にも精神的にも苦しくなっていった」 同年3月、両陛下は平野さんと、全島避難を指示した当時の村長、長谷川鴻(こう)さん(故人)を御所に招き、1時間にわたり懇談した。避難が続く状態を案じての配慮だった。
同年5月には、東京都北区の桐ケ丘支援センターを訪れ、避難生活を送るお年寄りをねぎらった。噴火で、島の特別養護老人ホーム「あじさいの里」を利用していたお年寄り49人は都内の22施設に分かれて暮らしていた。施設長だった水原光夫さん(69)によると、高齢者はこもりがちになり、体調を崩す人も多かった。「良い日が来ることを祈っております」。両陛下が声をかける姿に、帰島後に施設を再建しようと勇気づけられたという。
06年3月。避難が解除され、帰島開始から約1年がたった時期に両陛下は初めて島を訪れ、あじさいの里に足を運んだ。お年寄りたちはお祝いなどで披露される伝統の唄「島節」で歓迎した。職員の宮澤節子さん(67)によると、感謝の気持ちを示そうとオリジナルの歌詞をつくり、練習を重ねた。
ガス噴出未だ続くもこの島に戻りし人ら喜び語る 三宅村仮庁舎の前には08年2月、天皇陛下が詠んだ歌碑が建立された。(島康彦)

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