12月23日 「戦える国」に変質 言わねばならないこと

東京新聞2017年12月19日1面:末期がんを公表した映画作家 大林宜彦さん 幸福願い戦争を描く 日本人はどこか付加雷同で、国家権力の奴隷になってしまう。僕ら昭和10~15年生まれの「敗戦少年」世代は、大戦中に子どもだったからこそ、上の世代が実は戦争に反対していたことも知っている。でも、みんな戦争を受け入れざるを得なかった。俳人・渡辺白泉の「戦争が廊下の奥に立ってゐた」という句を、僕なんかは実感した。代々医者で、百人近くが出入りする家で、人けのない廊下を見ると、満州で死んだ隣のおじちゃんが立っている。戦争の気配とともに暮らしていた。
近ごろ、その気配がよみがえって、ふと見ると、戦争が立っている。死んだおやじだったり、檀一雄さんだったり。それが見える時代になったからこそ、映画「花筺/HANAGATAMI」(公開中)をつくらなくてはいかんと思った。約40年前、肺がん末期だった(原作の)檀さんに映画化の了承を取り付け、脚本を書いたが、誰にも相手にされなかった。日本人は経済の発展しか頭になくて、戦争のことなんかみんな忘れたふりをしていた。
1年4カ月前、映画の全スタッフ会議の2時間前に「肺がん第四ステージ、余命半年」と言われ、無性にうれしかった。これで檀さんの痛みとつながった、おやじたちが語ろうとしなかった「断念と覚悟」を描く資格をもらったってね。映画を見た人から「戦争の薄気味悪さが、ずしんとくる」と感想を聞く。時代がそういう映画を産んでしまったと感じる。今の政治家や経済界のリーダーは戦争の実態を知らない。ひどい目にあった僕らの世代は、そこにおびえている。日本人は過去から学ぼうとしない。嫌なことはすぐ忘れ、目の前の楽なことだけを追いかける。
18歳で選挙に行けるようになり、駅前でビラを配る中高生たちによく会う。「私たちは戦前派です。これから来る戦争に対し、自分で自分を守る。大人は信用できない」と。僕らがいなくなったら戦争が伝わらないと思っていたが、戦後と戦前がつながれば、過去の戦争が今につながる。今の中高生がそういう皮膚感覚を持ち始めている。過去から学ぶことで世の中は良くなる。そのために映画は過去のアンハッピー(不幸)を描いてハッピー(幸福)を願う。僕らの意図をくんでくれる中高生が出てきている。やはり、映画をつくることで戦争がない時代は必ず来る。

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