12月18日 寂聴 残された日々

朝日新聞2017年12月14日35面:30 2冊の書物の誕生について あと2週間もすれば正月が来て、私は「数え年」で97歳になると言うと、秘書の瀬尾まなほが必ず高い声をあげて怒る。「やめて下さい。あたしたちは数え年なんか知らないんでかす。数え年なら、あたしは正月で31と言うことですか? いやですよ、そんなの。今度の2月で、やっと30になるんですよ。どの易者も言っています。あたしは30になると、縁談が余るように来て、いいことがいっぱい起こるんですって!」
「あなただけよ、私の手相を見る能力を信じないのは」「だって先生の手相観は、あなたは性インランです、あなたはフリンをしていますね、の二つだけなんだもの」「よく言うわね。今年中にいいことがあるって予言したことは忘れているの? 見てごらん、この今のまなほの絶頂ぶり!」 と私の声までかん高くなる。年齢差66歳のまなほは私の孫より若い。縁があって大学を卒業と同時に私の秘書になって以来、早くも7年の歳月が流れている。スレンダーで、のびのびした若さあふれた体に、目鼻立ちの派手な美人なので、見ただけで、心が明るくなる。うちにくるまで、私の名前はぼんやり聞き覚えていたが、小説家とも尼僧とも知らなかった。要するに私に対しての予備知識が全くなかったのである。はじめて会った時、小説もほとんど読まないというので、私はその場で採用するに決めた。私の経験から文学少女は得てして、掃除や料理は下手だと決まっている。
まなほが来て間もなく、それまでいた5人ほどの女性たちが揃ってやめてしまった。これ以上、年とった私の世話になるのは気がひけるという理由だった。私は感動して、涙を流しながら、いつの間にかすっかり年をとった彼女たちを見送った。一番旧い人は、16の時からうちへ来て、花嫁衣装でうちから出て、2人の子供に大学を卒業させている。夫婦仲はよく、誰かからも信用されている。つづいて寂庵に勤めた娘たちもみんな幸せになっている。
彼女たちも私と共に老けてきた。それぞれがまなほの手を握り、背を叩き「庵主さんをよろしくね」と、出てい行った。まなほが来て間もなく、「ここの人たちがセンセのことをマンジュウさんと呼ぶのは、センセがまんじゅうのような顔をしているからですか?」と聞いて、私を爆笑させたことを思いだした。
そのまなほが今度、初めての本を出版した。というより出版させていただいた。『おちゃめに100歳!寂聴さん』(光文社)という題は出版社がつけた。つまり私の日常をまなほの目で見たエッセーである。たちまち人気を呼び、すぐ再版になり、テレビ、ラジオの取材に連日追い回されている。人気のものとは、文章が素直で、わかりやすく読みやすいのと、全ページに思わずふく出すユーモアがあふれているせいである。あっという間にまなほはインターネットでも「時の人」になった。それに負けまいと張りきったわけではないけれど、私も『いのち』(講談社)という最後の(たぶん)長編小説を完結し出版した。まなほの幸運がうつったのか、『いのち』も早々と3刷りなり、奇跡的に出足が速い。長い生涯に中で深い縁に結ばれた2人の女性の作家のことを詳しく書いた作品である。天才を恵まれたライバル同士の2人の愛憎の激しさを、力いっぱい書いた。95歳のわが生涯の最後(?)の長編力作である。どうか更に広く読まれますように。

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