12月13日 ザ・コラム 秋山訓子(編集委員)

朝日新聞2017年12月7日16面:闇夜をくぐって どちらが本当?安倍首相 横綱日馬富士が暴行問題の責任をとって突如引退することになった。本人はまだ土俵に上がり続けたかったという。まだ33歳。彼がこの挫折からどう立ち上がるのかが、これからの人生50年を決めるだろう。
元首相の野田佳彦氏は、1996年に新進党から選挙に出て105票差で負けた。開票が進み、間違いなく勝ったと思っていたら、投票用紙に「がんばれ野田佳彦」だの「必勝」だのと書かれていたのが無効票と判定されて、まさかの敗北に。新進党は重複立候補者を禁じていたため、落選。夜が明けると涙ながらに駅頭に立った。
「誰が投票してくれたかわかるんですよ。いつもビラを受け取ってくれる人が目を合わせずに遠ざかっていった。ああ、入れてくれなかったんだなって」あきらめきれず、選挙管理委員会に選挙無効申し立てもした(後に取り下げ)。政治活動をやめるつもりはなかったが、あれよあれよという間に新進党は解党(どこかで聞いたような話だ)。家族にもあり、生活しなければならない。毎月1万円献金してくれる人を50人見つけて月末になると訪ねて回った。「命綱ですよ、本当にありがたかった」。でも心は晴れない。そんなある日、こんな話を聞いた。
朝顔が美しく咲くには、夜の闇と冷たさが必要なのだ。自分の人生にぴったりはまりましてね。順調に歩んできたけど、自分は闇夜を知らなかった。闇の深さを知らないと、本当の光やぬくもりがわからないとね」これで心の整理がつき、前向きになれて活動に勢いが出たのだという。「以来自分は変わったのと思いますよ」
さて、挫折といえば思い起こされるのが安倍晋三首相だ。第1次政権では稚拙な運営が目立ち、あげくの果てに首相を突然辞任、「投げ出した」と批判された。同じ人が10年後に史上最長政権を狙う立場になっているとは誰も思いはしなかっただろう、本人も含めて。まさに闇夜の奥底から復活して、光のど真ん中、最高権力者の座に再びついた。彼の再出発を支えた人たちに尋ねた。何で彼はもう一度首相をめざしたんでしょうね?
「どうしてもやりたかったこと、やり残したことがあったからじゃないですか」挫折を経て彼は変わりましたか? そう聞くと、みんなうなずく。どんなふうに? 「最高権力者がどう振る舞うべきかを常に考えている。周りもそれを言うしね」でも、「こんな人たち」とか言ったじゃないですか、と私が言うと、「いや、あの発言にはすごく驚きました。あんなことを言うなんて、と」。
聞いたこちらも驚いた。私にあのセリフは、安倍さんがいかにも言いそう、と思えたからだ。しかし近い人には全く違った。私は共産党議員のもとへ向かった。歴代の首相と一貫して対決し続けているからだ(「こんな人たち」の代表格かもしれない)。
かつて、同党の元衆院議員、佐々木憲昭氏にこんな話を聞いたことがあった。エレベーターで一緒になっても安倍氏は他の首相経験者と違って話しかけてこないし、目も合わさない。これは彼が挫折から立ち直る最中、自民党が野党時代の話だった。宮本岳志衆院議員に聞いてみた。今春の予算委員会で安倍首相と対峙している。
「質疑が終わった後に、国会のエレベーターでたまたま一緒になって、話しかけられましたよ、『手厳しいご指摘を』って」なるほど、首相は深く長い闇夜を経て、首相たる者は狭量ではいけない、意見の違う人にも寛容に、ということを身につけたのだろうか。でもね、と宮本氏は続けた。「僕はほかの歴代首相の方々とも付き合いがありますけど、安倍首相は声はかけてきても、それ以上距離が縮まらないんだな。儀礼的というか、表面的というか」 国会論戦が行われている。変わっていない安倍首相、それとも側近から見える安倍首相。どちらが本当の安倍首相なんだろう。

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