12日 105歳・私の証 あるがまま行く 日野原重明

朝日新聞2017年7月8日be9面:オスラーの歩んだ道、その背を追って 私はこれまでの生涯を通して、カナダ生まれの医師ウィリアム・オスラー(1849~1919)を師と仰いできました。私が内科医として勤務していた聖路加国際病院は戦後、GHQに接収され、米国陸軍第42病院となりました。立派な医学図書館が備えられ、戦争によって長い間、海外の医学情報から遮断されていた私たち医師にとって、そこは宝の山のようでした。
医学書や医学雑誌に記された臨床医学のレベルは高く、教育システムは合理的、人道的でした。むさぼるように読む中で、幾度となく出あったのがオスラーの名前でした。
その頃、幣原喜重郎首相が肺炎になれれ、ペニシリンをGHQから入手し、私が往診することになりました。ジープで同行した米軍医に「オスラー博士の書いた本があれば読みたい」と頼むと、病院長のバワーズ大佐に伝えてくれ、後日、ラテン語で「平静の心」を意味する『Aequanimitas』と題したオスラーの講演集が届きました。私は衝撃と感動をもってそれを読みました。臨床医に必要なもの、私が生涯をかけて追うべき医師の姿はこれだと確信したんです。そして1948年、わずか千部でしたが『アメリカ医学の開拓者オスラー博士の生涯』を出版しました。83年には念願かなって、当時の聖路加看護大学で英語を教えていた仁木久恵教授と共に『平静の心 オスラー博士講演集』を翻訳出版、93年には評伝『医の道を求めて ウィリアム・オスラー博士の生涯に学ぶ』を出版するに至りました。
海外でオスラーを敬愛する大勢の医学者たち、「オスレリアン」とも交流し、日本でも83年に日本オスラー協会を発足させ、英米から講師を招いて、思想の普及に尽力してきました。昨年9月、私が長年、会長および理事長を務めた日本オスラー協会は、総会において、会員の高齢化などの諸事情のために活動を続けていくことは困難だと決議され、33年間の活動に終止符が打たれました。私が生涯をかけた活動の一つであり、充実した道程だっと満足しています。医学にヒューマニズムを取り戻し、患者を全人的にとらえようとしたオスラーの理念は、「全人医療」という言葉とともに、これからも確実に日本社会に根を張っていくことでしょう。
(聖路加国際病院名誉医院長)

 

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る