11月8日 日常の先に潜む死のリスク「1」

朝日新聞2018年11月4日:用水路 死の危険 年100人以上死亡 住宅地や農地のそばにある用水路には、思わぬ危険が潜む。落ちて溺れるなどしてここ数年、全国で年に100人以上が亡くなっている。身近な生活環境に溶け込み、転落が死に直結すると想像しづらいうえ、対策も後手に回っている。
転落して動けず浅くても溺れる 「おとお、おとお、起きろー」。2年前の4月12日朝。岡山県東区の福田浩一さん(38)は、自宅の裏を流れる用水路(幅約2.7㍍)に飛び込み、父の成生さん(当時70)の体を抱き寄せて叫んだ。反応はなく病院で溺死と判断された。JR岡山駅から約10㌔の田畑や住宅が混在する地域。成生さんは自転車で近所のこみを出しに行く途中、用水路にかかる柵のない橋(幅2㍍)を渡っていたとみられる。橋は市が管理していた。浩一さんは「流れは普段より速く感じたが、水深は1㍍に満たなかった。バランスを崩して落ち、パニックになったのかもしれない」と話す。
成生さんは約30年前に交通事故に遭い、右半身が少し不自由だった。事務などの仕事を続け、数年前に退職。浩さん宅の隣で妻の博子さん(69)と暮していた。事故の日は孫の小学校の入学式。浩一さんは「ランドセル姿を見たかっただろうな」と悔やむ。成生さんが亡くなった数日後、橋に柵が取り付けられた。「事故が起きないと動いてくれないのか」と浩一さん。博子さんは今もその橋を渡れずにいる。
3日午前には埼玉県羽生市で、自転車とともに用水路に落ちたとみられる85歳の男性が死亡しているのが見つかった。あさひ新聞が47都道府県に用水路での死亡事例を尋ねたところ、各自治体が把握しているだけで2017年度までの3年間に計339人が亡くなっていた(岡山のみ「年」単位)。17年度が104人、16年度が125人、15年度が110人。反射神経や平均感覚が衰えがちな高齢者が目立つ。各自治体で集計方法が異なり単純に比較できないが、多く把握していたのは岡山(73人)、富山(68人)、熊本(43人)、埼玉・香川(14人)、秋田(13人)など。12都府県は「把握していない」「把握できる範囲で0人」と回答。実際はさらに多い可能性が高い。岡山など瀬戸内海沿岸部では、千拓で張り巡らされた用水路が市街地に残る。
富山の農村部などでは水田地域に住宅が点在。熊本や埼玉などでは、もともと農地で宅地開発が進んだ地域が目立つ。帰宅途中や掃除中などに落ち、幅数十㌢、水深10㌢ほどの場所でも亡くなることがある。奈良県立医科大の羽竹勝彦教授(法医学)は、「側壁や底に頭や首を打ちつけて大けがを負い、倒れたまま気を失ったり体がはまって起き上がれなくなったりすると、水を大量に吸い込んで死に至る」と指摘する。一方で、柵やふたの設置といった転落防止策はなかなか進まない。農家の組合組織である「土地改良区」や市町村など管理者側の担当者の多くは「全区間に対策を施すのは費用がかかりすぎる」と話す。(岡野翔)
同日2面:用水路水深7㌢でも溺死 1面参照 用水路 河川とは異なるが、大きさや深さなどに定義はない。代表的なものは灌漑(かんがい)などに使われる農業用水路。農林水産省によると、国内の農業用水路の総延長は約40万㌔で地球10周分に相当する。ほかに工業用に使われるものもある。転落して死亡するケースが各地で相次いでいる用水路事故。規模が小さく浅い場所でも危険は大きい。奈良県立医科大の羽竹勝彦教授(法医学)が2008~17年の10年間に県内の用水路で見つかった70人の遺体の解剖結果を分析すると、現場の水深の平均は約13㌢だった。死因は、溺死が半数以上で、脳挫傷や頸髄損傷などの外傷が続いた。
羽竹教授は「溺死の場合、ほとんどは顔が横か下のうつぶせの体勢。転落で首の骨を推すなどして動けなくなると、水深が10㌢程度でも水を吸い込んで死に至る」と説明。香川県丸亀市では昨年4月、水深7㌢の場所で50代の男性が溺死。埼玉県春日部市で今年5月、自転車の20代の男性が転落死した現場異の水深も10㌢だった。水難学会の斉藤秀俊会長(長岡技術科大大学院教授)は幅にも着目する。肩幅のどの場所では、落ちると体が水の流れをせき止めて水位の上昇を招き、頭を上げるのが難しくなるという。「水圧で体が押さえつけられ呼吸ができなくなる危険がある」と指摘する。
柵設置し対策 相次ぐ事故への危機感から、岡山県は本格的な対策に乗り出した。16年度に町内会や警察の意見を参考に約2500の危険個所を抽出。17~18年度は計6億円の予算を組み、特に危ない約900ヵ所で柵やポール型の反射材を設ける工事を進めている。住民主体の取り組みもある。富山県南砺市の本江地区では、約2年前に半年間で2件の死亡事故が続いて以降、用水路を覆う鉄製の格子状のふたを増設してきた。1枚(長さ約120㌢)約4千円。国の補助金の一部を充て、これまでに約1㌔分を設置した。自治会長の川崎昭行さん(73)は「負担は膨らむが、今後も続けたい」と話す。
費用面が課題 ただ、こうした動きは一部のとどまる。課題の一つは費用面だ。鉄製の柵の設置費用は1㍍当たり1万円ほどだが、用水路の総延長が数千㌔に及ぶ自治体もある。危険を認識しながら「予算が足りない」と話す担当者は多い。農家の出資で運営される土地改良区の関係者も「農地施設の維持管理を優先するため、強い要望が出ない限り難しい」と言う。用水路が野菜や農機具の洗い場として使われたり、雪国では冬の雪捨て場になったりするため、柵やふたに難色が示されやすい。水難学会の斎藤会長は「全てを一度にやろうとせず、管理者側が地元の住民と連携して対策が必要な場所を選び、優先順位を付けて実施していくことが、安全面でも費用面でも有効ではないか」と指摘する。(岡野翔)

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