11月8日 又吉直樹のいつか見る風景

朝日新聞2017年11月4日Be4面:吉祥(東京都武蔵野市)居心地よくて、みじめになる街 猫語で唄うおじさんがいた街 吉祥寺に住んでいたことがある。風呂はなくトイレも水道も共用の築六五年のアパートだった。その頃、不動産屋の前を通るたびに、他に安くて良いアパートはないかと店頭に張り出された物件情報を眺めることが多かった。たまに吉祥寺駅から徒歩十分圏内で家賃二万円台の物件があって、自分が住んでいるアパート以外にも格安の物件があるのだなと驚かされることがあったが、写真をよく観察すると、それは必ず綺麗な雰囲気で撮影された自分のアパートだtぅた。よそ行きの角度から撮られるとわからないものだなと感心させられた。安いからなのかアパートの住民は変わった人が多かった。他の住民から僕もそう思われていたことだろう。ほとんど部屋にはエアコンが無かったので、どの部屋も夏は窓を開けたままにしていたので、のぞくつもりはなくても部屋の中が見えてしまうのだが、壁に「世界征服」と書かれた大きな紙を貼ってある部屋があって怖かった。
「惑星」横丁 夜中に散歩していたら、お経を唱えながら歩いているおじさんがいて「変わった人だな」と思っていたら、そのまま同じアパートへ入っていったこともある。駅前で、猫の絵が描かれた旗を自転車にくくりつけてギターを弾いているおじさんがいた。なにかを唄っているようなのだけれど声が小さくて聴こえない。どんな歌を唄っているのか気になって近寄ってみると、おじさんは「にゃあ、にゃあ、にゃあ」と猫語で唄っていた。そのおじさんも同じアパートに住んでいた。 真夏の熱帯夜は暑くて眠れないので、井の頭公園に涼みにいくことがあった。その途中、やたらと室外機が目に入る。室外機があるということは、その部屋にエアコンがあるということだ。室外機の数だけ自分が敗北しているようなみじめな気分にもなった。
一方、冬は信じられなくらい寒い。電気ストーブをつけているけど、「強」にするとブレーカーが落ちた。毛布にくるまり、かじかむ指で小説のページをめくっていた。路地に小さな飲み屋が連なってたハーモニカ横丁という一角があり、そこに冬の夜、飲みに行くことがあった。アパートから外に出ると凍えるほど寒くて、街が膨張しているような感覚に陥り、歩いても歩いてもハーモニカ横丁に辿り着けなかった。宇宙に放り出されたら、こんな気持ちになるのかもしれない。店の中の温もりを想像しながら一歩一歩進んだ。ようやくたどり着いた横丁の一軒一軒の灯りが惑星のように見える。惑星の重力に引っ張られるかのように、いつのまにか自分は飲み屋の席に腰掛けてお酒を飲んでいる。知っている人もいたし、知らない人もいた。様々な人の日々が居酒屋という場所で交わる。漫画を描いている人や、バンドをやっている人がいた。彼等と僕の境遇は似ていたから刺激にもなった。
吉祥寺は魅力的な街だ。デパートや飲食店が立ち並ぶエリアのすぐ近くに井の頭公園があって、街と自然が共存している。普段から学生が沢山いて、休日には家族連れや若者で溢れかえる。流行に敏感な店も多いし、この地に根を張った実力派の喫茶店や書店もある。
厳しさと優しさ 僕が住んでいた頃から、吉祥寺は住みたい街のランキングで上位に入っていたが、僕自身が見ていた風景はそれとは随分異なる。テレビや雑誌で紹介される吉祥寺をそのまま楽しめていたわけではない。夕暮れ時には学生や会社員とすれ違うとき、なぜか後ろめたさがあった。喫茶店に行く時は小銭を数えて扉を開いた。眩しい吉祥寺の風景は、何者でもない自分の存在を際立たせた。多くの人の幸福を体現する街は素敵だし必要だが、それが誰にとっても住みやすい街であるはずがない。だからといって居心地の良さが必ずしも優しさでもない。吉祥寺は社会と自分との距離を正確に教えてくれる厳しさと優しさがあった。その風景は自著『火花』に色濃く反映されている。登場人物達が見る風景や感覚は昭和の話ではなく、ほんの数年前、現代の話である。(芥川賞作家・お笑い芸人)

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