11月27日てんでんこ 皇室と震災Ⅲ【12】

朝日新聞2017年11月22日3面:ごくわずかな時間、顔を合わせただけの自分を覚えていてくれた。 7月23日午後10時17分、北海道・奥尻島の松江地区にある慰霊碑の前で、赤平ユリ子さん(79)は黙祷を捧げた。24年前、北海道南西沖地震が起きた時刻だ。碑に刻まれた地区の犠牲者らの中に夫の政義さん(当時57)がいる。碑の奥には多くの命や家々をのみ込んだ海が広がり、暗闇の波の音が響いていた。
天皇、皇后両陛下は地震発生から16日目の1993年7月27日、奥尻島を訪れ、約280人が避難していた青苗中学校体育館(当時)で被災者らを見舞った。赤平さんは被災した自宅近くの姉宅に身を寄せていたが「せっかく天皇陛下が来るんだから」とおいが車で体育館に送ってくれた。夫はかつて北海道を訪れた両陛下を見て、皇后さまのことを「きれいな人だ」と繰り返していた。遠目から見せてあげたい、と夫の遺影を持参した。
体育館では後ろの方にいたが、ほかの被災者が遠慮してか、次第に後ろに下がり始め、いつの間にか最前列に。すると、近づいてきた皇后さまがスリッパを脱いで毛布にひざをつき、遺影を見て「ご主人様ですか。ちょっとお貸し下さい」と手に取った。しばらく眺めた後、「大変でしたね」と声をかけた。「悲しんでばかりいられない。頑張らなくっちゃ」と思った。
震災当時、稲穂地区の町内会長だった可香谷正二(かがやせいじ)さん(80)は、避難所の東風泊(やまかぜとまり)保育所(当時)の外で両陛下を出迎えた。両陛下は可香谷さんの傷だらけの顔をじっと見つめた。津波に巻き込まれ、漂流したときの傷だ。水中で木の枝をつかんで助かった。傷だらけの体で活動していると聞いた皇后さまは「まあ、それはそれは」と驚き、「お体を大事にして力を出して下さい」といたわった。地震から約6年後の99年8月。両陛下は復興状況視察のため、再び奥尻島を訪れた。遺族会の代表として紹介された可香谷さんの顔を見た皇后さまは「あの時のけがは、すっかり良くなりましたか」と声をかけた。ごくわずかな時間、顔を合わせただけの自分を覚えていてくれたー。可香谷さんは胸が熱くなった。
可香谷さんはその年、東京で開かれた天皇陛下の在位10年記念式典と国民祭典に招待された。宮内庁からは皇居での宮中茶会に招かれ、陛下に「お陰様で今は奥尻の島民も元気で頑張っております」と報告した。(多田晃子)

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